長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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雲一つない青空と青々とした草に、それは浮かんでいた。
向こう側が見えるほどの半透明なそれはぼやけているわけではなく、空気との境界がくっきりと輪郭を描いているように見えた。
見上げたトム・リドルは恐ろしいほど整った顔の美青年だった。
目を縁取る長いまつ毛と緩やかにカーブを描く眉、すっと通った鼻筋と艶のあるほど良い厚みの唇……そして、視線をつかんで離さない余裕をたたえた赤い瞳。その全てが確かな色気を含んでいた。
半透明であるせいか、彼の存在は伝説上の美女や美青年のような神秘性を際立たせているように思えた。
トム・リドルってこんなに綺麗なんだ。
この容姿で演技も話術も巧みで、魔力も魔法も強くて……完璧な優等生を演じられたら誰だって信じちゃうよ、こんなの。
ナマエが尻餅をついたままリドルをぼーっと呆けたように見つめていると、彼はクスリと笑った。
そうだ、考えが読まれて……。
ナマエは瞬間的に顔にかーっと血が上るのを感じ、心臓がどくどくと脈打つのが全身に響いた。
せめてもの抵抗としてリドルを見ないように、うつむいた。
きっとこんな行動は意味のないことなのに。
「そんなところに座ってないで立ったらどう?」
「え、と……うん」
 リドルの顔を見ないようにしながら、私はすくっと立ち上がり、ローブについた泥や葉っぱを払った。
アルバスの方をちらっと見ると少し鋭い視線が飛んできた。
先ほどのアルバスとの会話を踏まえると、そうか、惹かれるなってことなのかな。
視線を返すとアルバスはわずかにうなずいたように見えたので、そう納得してまた私はうつむいた。
ダンブルドアは二人に朗らかな調子で話しかけた。
「ここで立ち話もいいが、お茶でも飲みながらの方がよいじゃろう」
「はい」
「……」
リドルは返事をしなかったが、特に反対をするわけでもなかった。
沈黙は同意であると言わんばかりに、ダンブルドアはすたすたとホグワーツ城へ向かっていく。
置いて行かれまいとうつむき気味にナマエが小走りでついて行く。
城の玄関ホールに着くころには、リドルの姿はどこかに消えていた。

ダンブルドアはナマエを校長室に招くなり、どこから呼びつけたのか分厚いクッションの付いた二人掛けのソファーと木製のテーブルを彼女の前に呼び寄せた。
そこに座るように促され、ナマエが腰をおそるおそる下ろす。
「うわぁっ」
一瞬吸い込まれてしまったかと錯覚するほど、今までに経験したことのないくらいのクッションの柔らかさにナマエは悲鳴を上げた。
そんな様子をみてダンブルドアはいたずらっ子のように笑った。
この偉大な魔法使いは案外しょうもないようないたずらを仕掛けることもあるようだ。
「あ、アルバス!」
「ほほほ、座り心地はどうじゃ」
「座るというより飲み込まれちゃってるんですけど、助けてください!」
体重がかかっているせいかどんどんクッションに体が埋まっていき、座っているというよりも、もはや長座体前屈に近い格好になりつつある。
足が浮いてしまっているので、踏ん張ってクッションから出ることすらもできそうにない。
このいたずら、若干たちが悪いのでは。
「すまんすまん、ついクッションを限界まで柔らかくしてみたくなっての……誰かに試してみて欲しかったんじゃ」
そういうと、ダンブルドアは杖を一振りする。
クッションの反発力に押され、ナマエは前にはじき出されると、またソファーに戻った。
念のため何度か座ったり立ったりしてみたが、今度はソファーに飲み込まれることはなさそうである。
飛び跳ねた拍子に床に飛ばされたハンドバッグを拾い、ソファに戻す。
魔法は魔法なのだが、こういったいたずらの魔法は少し好きにはなれそうにないと思った。
ナマエが落ち着いたのを見計らって、ダンブルドアはどこからかお茶会のセットをテーブルの上に用意した。
そして、それが当然であるかのように、ひとりでにポットが湯気の立つ紅茶をカップへ注ぐのである。
「さて……今後の君とトムのことについて、是非話しておきたい。もちろん三人で」
ダンブルドアは紅茶を一口含むと、手元にあったクッキーをかじった。
そのようすを見て、ナマエは何となくこれからのことを想像して不安を感じた。
リドルの日記は確かに私の所持品ではあるけど、リドルが姿を自由に現わせたり、会話することがわかった今、これを私に持たせたままにするなんてことはきっとないんだろうな。
それに頭の中で会話していることもばれたら……。
リドル、取り上げられちゃうのかな……。
手を膝の上で組んで、無意識に指輪をなぞる。
少しうつむいたナマエの目に暗い影がさす。
「で、僕の今後はどうなるんです? 先生」
「……っ!」
思わず音源から反対方向にのけ反った。
何も言わずに消えてしまったリドルが隣で優雅に足を組んでいる。
「な、なんで」
「三人でと聞いていたんだけど、僕がいるのは悪いかな?」
にこっと笑うリドルはもしこの場に女生徒がいれば黄色い声をあげるに違いないほど、優等生という言葉に相応しい甘い顔だった。
それはナマエも例外ではない。
リドルが隣にいる、それだけで自然と背筋がピンと伸び、鼓動がやけに耳障りに思えた。
落ち着かないナマエを尻目にダンブルドアは話し出した。
「今後は君の行動次第で対処が決まる」
「例えば?」
「今君が魔力の供給を頼っているナマエを殺す、となれば破壊させてもらう」
 『殺す』『破壊』という言葉を聞いて、ナマエの体はひんやりとし、空気が喉を通り抜けた。
どうして私が殺されたらなんだ、殺す前になんとかしてよ。
そう言いたかったが言えるような雰囲気ではなかった。
マグルである私はアルバスにはリドルの格好の獲物に見えているのだ。
しかし、リドルは私を殺すだろうか。
殺さないと誓ってくれたあの時のリドルは、嘘をついているようには思えなかった。
しかし、そのことをアルバスは知らない。
そして、そのことが嘘だった時には……。考えたくはなかった。
「もちろん、ナマエ以外を殺すことも。殺さずともナマエや他人を操ることで魔法界を闇に陥れることも……。今言った例はほんの一例じゃよ。闇の時代を先導するような行為は控えるように……明るみになった時は消えることを覚悟せい」
「ノーと言ったら?」
「トム、君をこの場で破壊することもやぶさかではない……しかし、それでは心残りだろうと最大限の配慮をこちらはしている。これ以上を望むようであれば、考え直させてもらう」
「なるほど、肝に銘じておきます」
 半月型の眼鏡越しに鋭い視線がリドルに飛ぶが、彼は特に気にしていないとでもいうように、口元に笑みを浮かべている。
二人に流れる空気は紅茶と甘いクッキーの香りとは対極にあった。
そしてナマエはそんな二人の蚊帳の外にいるような気分だった。
アルバスはきっと本気だ。彼のさじ加減一つでリドルは消える。
そんなことを突きつけられて、どうしてリドルは余裕なんだ。
自分がそうやすやすと破壊される人物ではないという自負があるのだろうか。
きっと彼ならそんな自負をもっていてもおかしくはないだろう。
リドルの思想は闇の時代を先導するものであるかもしれないが、今のリドルはそうでない気がする。
あの時、私を殺さないと誓ってくれたリドルを信じたい。
これも私がリドルに惹かれているから、そう思うのだろうか。
私は二人の空気にいたたまれなくなり、気を紛らわせようと湯気の立つティーカップに手を伸ばすと、隣からぬっと半透明の手が重なった。
びっくりして隣を見ると、ふっと笑みを浮かべたリドルがいた。
手を引っ込めようとしても、本当に掴まれたようにびくともしなかった。
手の甲に冷たい空気のような何かが這っている。
いつも頭に聞こえるリドルの声もない。
リドルが今何を考えているのか分からない。
「それと、今日からナマエの面倒を見てやって欲しい」
「わかりました」
さもそれが普通であるかのように答えるリドルに私は違和感を覚えながらも、とっさにアルバスに尋ねた。
「あの、リドルが面倒を見るってどういうことですか」
「ナマエ、わしが色々と面倒をみたいところじゃが、そうもいかんのでな……過ごす時間の多いトムに当面のホグワーツでの生活を支えてもらうことになる。あぁ、そうじゃったそうじゃった、ナマエの部屋を紹介せねばな」
リドルがホグワーツでの生活を支えるってどういうことですか? 私の部屋ってどういうことですか?、という前にアルバスは上機嫌で杖を振った。
すると、ごとりとテーブルに何かが落ちる。人形部屋のようなものだ。
屋根のない部屋の中をのぞくと、天蓋付きのベッド、美しい装飾の付いたクローゼット、勉強机、姿見、テーブル、イスなどが見えた。
簡易的なキッチンや浴室やトイレも備え付けられている。
本当に人が住んでいるような精巧な作りだ。
「これは君の部屋のミニチュアじゃよ」
「は、はあ」
「東塔の最上階に用意した。好きに使って欲しい。それと、ここを」
 アルバスが指さす先を見ると、部屋の中で入口や浴室以外の扉があることに気が付く。
「ここはどこにつながってるんですか?」
「開けてみてからのお楽しみじゃ」
 いたずらっ子のように笑うアルバスに少し嫌な予感がしたが、これがたちの悪いいたずらでないことを祈るばかりである。
「ではナマエ、夏季休暇を楽しんで。わしは出かけるのでな、お茶とクッキーは好きに食べなさい」
アルバスはそういうとクッキーをまた一枚かじる。
先ほどまでの緊迫した雰囲気などなかったかのようだ。
「は、はい……」
私が返事をするとアルバスは姿くらましでポンッという音とともに姿を消した。
 私は返事をしつつ、まだ重なったままのリドルの手が気になってしょうがなかった。

201903015執筆
201903021加筆修正
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