長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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アルバスの気配が校長室から消えても、リドルは私の手を離してはくれなかった。
リドルの顔を見ていられなくて、下を向くと自然と重なった私とリドルの手が見える。
リドルの手は私の手よりも大きくて、白くて半透明で、少し骨ばっていて指は私の指より長かった。
いつまでこうしてるつもりなんだ。なんで私の手に手を置いたのか。
考えが読めるなら私が今こうして思ってることだって分かるはずなのに。
なんとなく体を密着させたくなくて、体をリドルの反対方向へよじってみた。
このささやかな抵抗は意味をなさす、ただ私の体がソファーに沈んだだけだった。
ため息をつき、目の前の紅茶を眺める。
テーブルの上にはアルバスの出してくれたあたたかな紅茶とクッキーがある。
そういえば、自由に食べていいんだよね……食べて……いいよね?
そっと、リドルに掴まれていない方の手をクッキーに伸ばす。
その瞬間にぐいっと掴まれていた手が引っ張られる。
「うわっ」
急に体が横に倒れたかと思えば、リドルが私に覆いかぶさり、自然な流れで腰に腕が添えられる。
リドルと体が密着すると、そこに物があるというよりも空気の抵抗のような、何かが這う感覚が肌を支配した。
何が何だか分からないうちにリドルに顎を持ち上げられ、じっと見つめられる。
まつ毛の影が落ちた赤い目。少し悩まし気な目。
これは、なんなんだ。どういうつもりなんだ。
「ナマエ」
 そうリドルが私の名前を呟くとだんだんと赤い目が私の視界を塗りつぶしていく。
リドル顔が近い、近い。
ダメだ、流されたらダメだ。
「ちょっと、待って、待って」
 塞がれていない手でナマエが抵抗しようとリドルの胸を押すとそのまま手は宙をさまよった。
ナマエがその様子に目を見開くとリドルは意味ありげに笑う。
リドルの体……私の手、通り抜けて……。
とっさに申し訳なくなり手を引っ込めるとリドルは目を細め、そのまま自身の唇を重ねた。
その瞬間、唇を何かが這う感覚と自分の中に何かが流れ込んでくる感覚が支配する。
目をつむると、暗がりに男女が二人いるのが見えた。

ホグワーツ城内で僕はたまらず実体化した。
目の前で記憶の中にもない、少し幼いナマエがまるで糸が切れたように崩れる。
それは僕が彼女の魔力の大方を奪ったからだろう。
普段のナマエなら考えられないような魔力の濃度と量だった。
当然、これではもって数分の実体化だろう。
少しでも実体化を保つため、必要のない感覚を切り、体を空気に馴染ませる。
僕のことを知らないという彼女をどうしてくれようか。
僕のことを知らない彼女は……ナマエは……本当にナマエなのだろうか。
少し青白い顔をしたナマエの顔を観察する。
少し幼いが間違いなくナマエだ。
穏やかであると言い難いその顔が記憶の中の最後の彼女と重なる。
あの時のナマエも青白くて、冷たくて、でも辺りは赤黒くて、止まらなくて、僕はそれをただ見ているだとか、少しでもそばに居たくて、血液から魔力を吸うだとか、そんなことしかできなかった。
『だ、れ』
ナマエの言葉を頭で反芻する。無垢な目と声。僕のことを知らない目と声。
苦しい。苦しい、苦しい。なぜ? どうして? 僕は君を知っているのに。
目覚めた僕に対する出迎えはこんなにもひどいんだ。
ナマエ、今の君は何を望む? 君は僕に何を望む?
そっとナマエの手を握ると、忌々しい指輪が目に入る。
愛おしそうにぴったりとはまった指輪を眺め、なでる彼女の姿が瞼の裏に蘇る。
その指輪の贈り主は、君を愛していただろうか?
君を守ろうともしなかったのに。
「誰だ!」
僕が指輪に触れようとすると背後から声がする。この声も忌々しい。
ゆっくり振り向くとそいつは驚いたようなそぶりを見せた。
「トム……なぜ君がここに」
「お久しぶりです、先生」
先ほどのことなどなかったかのように自然と顔に張り付く笑顔。
この狸爺に効かないのは知っている。
ただ弱みを見せることは避けたかった。隙は命取りだ。
「……ナマエ!」
ダンブルドアがナマエに近寄るとリドルは自然と前に立ちはだかった。
その様子に、ダンブルドアは困惑の色を目に宿したが、すぐに鋭い目つきに変わる。
「ほう……それほどその子が大切かね」
「えぇ」
「記憶付きの日記に、何やら魔術のかかった指輪、血染めの黒緑色のローブ……彼女は何者だ」
「彼女はただのマグルですよ。無知な上に魔力をもっているなら、これほど利用できる人間はいない」
「ではなぜ君はナマエの名前を? 随分と親しい様子じゃったが」
 こいつは僕が姿を現すまで、ただナマエを泳がしていたに過ぎない。
そうでなければナマエをわざと迷わせる訳がないのだ。
親切に懐に招き入れ、気付かれないようにことを遂行する。
「えぇ、彼女は僕の恋人ですからね、魔力供給の」
そう僕が答えると奴は無感情な目で僕を見た。
致命傷を負った身寄りの分からない少女の傷を治し、衣食住を与え、保護する感動的な話だ。奴が聖人であると皆思うだろう。だが僕は知っている。最初から彼女の語る言葉を疑い、彼女に開心術をかけ続けていた。ナマエがただものではないことは、出会った時から明らかだろう。僕かこの時代の僕か、その仲間の出現を待っていたのだろう……。あぁ、まるで聖人のような振る舞いをしながら、こいつは他人をいかに操るかしか頭にはない。
愛こそが最も強力な魔法? 馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。
こいつにとってナマエは交渉材料の一つなのだ。
そしてナマエが僕か奴のどちらにつくのか……自分の希望を通すためならこいつは何でもするはずだ、愛という言葉を借りて。
愛は彼女を呪った、縛った、殺した……忘れさせた。
そんな愛なら僕は要らない。欲しいのはそんな愛じゃない。
「ただのこのこ現れただけではなかろう。君の目的は何かね、あるいは望みは?」
「それをあなたが知ってどうなるのです」
「ただで教えてもらおうなどとは思っとらんよ。君の魔力供給元であるナマエの身の安全を今後保障しよう、不自由な目には遭わせんよ」
 ナマエは守られる。その言葉を信じた訳じゃない。
悔しいが今の僕では衣食住を完備することはできない。
利用するんだ、こいつも、この城も、今の状況を。
「そうですね……強いて言うなら過去の自分から未来の自分への報復とでもいいましょうか」
この世界にいる自分は今何をしているのか……そんなことはいずれわかることだ。
大丈夫だ。僕はあいつに負けない。負けるわけにはいかないんだ。

はっと目を開けると、見慣れない天蓋が目に入った。
慌てて起き上り、自分の唇に指を沿わせる。
私、リドルとキスして……?
顔が瞬間的に熱をもち、鼓動が早くなる。
しかし、その原因の人物の気配はない。
そうだ、リドル。リドル、どこ。
きょろきょろと部屋を見渡してみたがリドルの姿は見えない。
リドル、いるなら返事してよ。
呼びかけてみても頭の中で声がしない。
顔の熱が引いていく。
あれはリドルの記憶だ。サンデーを食べた時と同じ感じがする。
リドルは私をわざわざホグワーツに守らせたんだ。
そしてリドルは未来の自分に復讐する……なぜ復讐するのかはわからない。
私を置いてもう復讐に行ってしまったのだろうか。
ひどい話だ、私のファーストキスかもしれないのに、奪っておいて何の説明もなく部屋に置いてけぼりだなんて……。
私を一人にするなんて、これから私に魔法界の常識を教えるって言ったのに、約束したのに、世話役になるって約束したのに。
「リドルの馬鹿野郎」
「誰が馬鹿だって」
「……っ、リドルだよ」
音もなく、半透明のそれは私の隣に腰かけた。
さっきのキスの衝撃とリドルの記憶と孤独からの不安と、リドルがいる安心と、全てがぐちゃぐちゃになった涙があふれた。
「いるなら、返事してよ」
「これはこれは、しおらしいかと思えば随分と強気だね」
「それは……」
「僕の容姿が整い過ぎてるから?」
それが当然というような顔でリドルは返事をする。
「自分で言うのは、おかしいでしょ」
「事実を言って何がおかしいのか」
「そうですねー」
ふいっと顔をそらしながらナマエは興味なさげにリドルに返事をする。
まだ目尻に涙が溜まっており、目も充血して赤い。
「ナマエ、僕を見ろ」
「なぜ見ないといけないんですか」
「僕の容姿に慣れてもらわないと困る」
「そ、そのうち……」
「今からだ」
「び、美人も三日で飽きるっていうし、そんなすぐには無理」
「じゃあ三日で何とかしろ」
「なんでそんなに急かすの」
「明日からでも僕は君に魔法界の常識や知識をみっちりと教えないといけないものでね」
「な、なるほど……」
 ナマエの勘がとんでもなく嫌な予感を察知した瞬間だった。

20190322執筆
20220327加筆修正
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