長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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「君は……」
「はいぃ……」
 眼前に広がる凄惨な状況にリドルは優雅に浮かびながらため息をつき、私はうなだれて涙目になっていた。
目下のところ、一年生の内容を終わらすという目標の基、我々一人と一冊は奮闘していたのだが……。
残念なことに私は一年生で学ぶ魔法すらも正しく使うことができないようだ。
これには私も結構心にぐっさりと来た。魔法って簡単じゃない。

一年生で学ぶ呪文といえば、あのかの有名な呪文「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」だろう。
まずはこれをやってみようということになった。
ロンも苦戦していたし、羽を爆破させる生徒もいたと思う。
だから、最初から上手くいくとは思っていなかった。
リドルによれば、杖は魔力を一点に集約し、出力しやすくする道具に過ぎないという。
そして、私くらいの年齢の魔法族の子供は魔力が不安定なのだそうだ。
この魔力を制御することが自分では難しいので、教科書を読み、杖という装置をかませることで多少魔力が足りない、あるいは多過ぎたとしても、大事に至らず、魔法を覚えていけるようだ。
そして、魔法を試していく中で制御を覚え、杖を通した魔法の効果範囲も広がるということだ。
あんまり想像できないけど、それはつまり、自分の魔力を魔法使いたちは感じていて、調節もできるということなのだろう。
私はそもそも魔法族ではないし、自分の魔力を感じたこともないけど、大丈夫なんだろうか……。
不安な気持ちもあったが、リドルから杖の振り方と発音については教科書を一通り読んで教えてもらい、私は床に置いた羽と向き合った。

最初にびゅーんひょいっ、と映画の真似をしてふわふわの羽を浮かそうとしたがピクリともせず……失敗。
「まあ最初だもんね」
私が少し肩を落とすと、羽をじっと見つめていたリドルは私の傍に立ち、ぐるりと私を観察した。
そして「そのまま続けて」とリドルが言うので、何度も試してみた結果、何も変化せず……。
ううーん……杖の振り方が変?
ちょっと振り方を上向きっぽくしてみた。羽に変化なし。
実は「レヴィオーサ」じゃなくて日本語的発音で「レビオーサ」って言ってるとか?
「ん、ん、……ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
自分の中ではなかなか良い発音なのでは? と思うも、羽に変化なし。
私にだって魔力はあるらしいし……ちょっとくらい成功したっていいのに……。
「むむ……」
なかなかうまくいかないのでリドルをちらちら見ると『集中しろ』と冷たい目で凄まれた。
これは一年生で学ぶ最初の呪文だぞ、という凄みですかリドル先輩、いや、リドル先生……。
リドルも続けろって言ったまま何も言わないし……なんかコツとかさ。
簡単な魔法だからコツとかないってことかな……。
人間失敗し続けるとなんだかんだと、だんだんムカついてくるもので。
そのうちに私は適当に力任せに杖を振って呪文を唱えていた。
そして、けたたましい音とともに……羽どころか床の板が何枚か天井にぶっ飛んで行った。
天井に穴を開けて現在に至る。

「浮いたから結果オーライってことになら」
「ない」
 こちらも見ずに天井を見つめるリドルはきっぱりと答えた。
「……はい」
「ナマエ、感情に左右されていてはだめだ」
 私をじっと見つめるリドルの目は冷ややかなものだった。
「……はい」
 なんとなくリドルの目が怖くて目をそらした。
いたずらをして物を壊してしまって、親に怒られる子供のような気分。
まるで肉体の年齢と精神の年齢が一緒になってしまったみたいだ。
「僕の知っている君はもっと物事をそつなくこなす。もっとも、今の君が僕の知っている君と同程度の能力をもっているかどうかは分からないけどね」
「いや、だから私はリドルのこと知らないし……杖使って真面目に魔法使うのも今回が初めてだし……」
「それは見ればわかる」
「じゃあ、あなたの中の私は私とは別人ってことだよ、多分」
「それはありえない」
「いや、言ってることがよくわからな」
「ナマエ」
 ふいにぬるりとした空気が首にまとわりついたのを感じてびくりと顔をあげると、至近距離で鋭い赤い目が二つ、私を見ていた。
なぜか目を離すことができないし、驚いて離れようとするがびくともしない。
大人の男性にがっちりと肩に腕をまわされ、腰も掴まれている、そんな感覚だ。
「君はナマエだ、今も昔も。恋人だった僕が言うんだから間違いないよ。少し幼くはあるけどね」
「な、な、そんな」
「そんな事実ある訳ないって?」
 私の思考を読んだリドルがクスクス笑っている。
そしてリドルは笑いながら耳元に唇を寄せた。
「君は、膨大な魔力を隠しているね」
「……? 隠してないよ……魔力も、何も……わからないんだから」
「へぇ……それは相当損な話だ。僕が少しいじくってあげようか、君が許すなら」
「いじくるって何するの」
「今君が使った魔力は微々たるもの。本来君がもっている膨大な魔力から漏れ出したものだろう。そして、僕にも詳しいことは分からないが……君は君自身の魔力を感じづらいようだね。自身の魔力の流れを感じられるようになれば、座学で教えられることは教えたんだ、上手く行くだろう」
「そ、そうなんだ……」
「大丈夫、君にとって悪いことじゃない」
「それで……結局私は何をされるんでしょう、リドルさん」
「少し眠っててくれれば、すぐさ」
「いやいやいや、怖い怖い怖い、だから何するのって!」
「君の中にちょっと入るだけだよ」
「!?」
「君の想像するようなことはしないから安心して。それとも期待してた?」
「っ、んなぁ! そういうのは読まないでよ」
「冗談はさておきナマエ、どうする? 僕は君にこの世界で生きる術として魔法を教える責任がある。そして早急に覚えてもらう必要もある。君もまた、この世界で生き延びなきゃならないだろう」
「そうだけどさ……そうだけど、その……リドルは大丈夫なの?」
「君は妙なところで勘が鋭いね、昔から」
「待ってリドル、はなしが……」
 この感覚は知っている。体に力が入らない。魔力が切れる感覚だ。
「おやすみナマエ」
そうして、最後に見たのは優等生スマイルのリドルの顔だった。
ナマエにはおかしなところがある。
一つは僕が知っているほど彼女から強い魔力を感じないことだ。でも僕には分かる。
この魔力は僕が吸い慣れた魔力であると、間違いなく彼女の魔力であると。
もう一つはこの僕に魔力を根こそぎ吸われても死なないことだ。
そう、まるでコース料理の前菜とでも言わんばかりの魔力しか最初は吸えない。にもかかわらず、これを吸い終わると僕の目にはうっすらと彼女から際限なく漏れ出す濃い魔力が見える。
おそらくこれが本来の魔力なのだろう。
最後に、ナマエは自身の魔力を感じづらいようだ。
ナマエがいくら魔法を使ったことがないといえど、これは一年生の初歩的な呪文だ。
僕を維持できるほどの魔力と適切な杖、正確な呪文の発音と杖の動き……どれも問題ないはずだ。
彼女のことだ、今の彼女も想像力はたくましいだろう。このことを言ったら怒られるだろうか。
だが、自身の魔力を感じられなければ集中させることも難しい。
ではどうすればよいか。
荒療治だが、魔力の流れを感じてもらうしかない。
幸いにも僕はほとんど彼女の魔力でできているようなものだ。
驚くかもしれないが、僕自身が入り込み、少し強い魔力を流してやればいいだろう。
パイプの詰まりを直すようなものだ。
『リドルは大丈夫なの?』
僕が大丈夫かどうかは僕自身もわからない。
ナマエから拒絶されて身を焼かれないことを祈るばかりだ。

20220530仮置き&執筆途中
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