長編.夢 本置き

□Ordinary fool
3ページ/14ページ

アルバスによれば、ホグワーツは今、夏季休暇らしく人がいないのだと言う。
通りで学生とすれ違わない訳である。
しかし、一人だけ会った人がいる。
トム・リドルだ。
しかも、私の名前を呼んでいたような気がする。
私は彼と面識もなければ、住む世界も違うと思うのだが……気のせいか、魔法のせいか。
目の前の目玉焼きにブスリとフォークを刺し口に運ぶ。
ホグワーツのしもべ妖精が作った目玉焼きは温かく丁度いい加減に調理されているようだ。
咀嚼しながら、昨日の夕食も豪華だったなとぼんやりと思い出した。
夕食の間に、アルバスは私のこれからについて話してくれた。

 見慣れない豪華な夕食を目の前に、私はどれから手を付けていいか分からず、手前にあったコーンスープを少し飲んだ。
温かく濃いコーンスープは酷く空腹な胃袋には丁度良かった。
アルバスはそんな私の様子を見ながらにこにこと笑うばかりであった。
「食べながらでよい、儂から話を」
 パンを小さくちぎっていると少し真剣な目をしたアルバスが一つ咳払いをした。
「単刀直入に言わせてもらおう、ここに住む気はないかね」
「……」
突然のことに私は上手く反応できず、手元のパンをパン粉にしてしまっていた。
アルバスの方を向くと彼は優しく私の手を握る。
「君さえよければ、このホグワーツに通うことも可能じゃ……そして、魔法を身につけることも。もちろん、ナマエに学びたい意思があるならということになるがの。学ばないにしろ、ここの職員として住み込みで働いてもらうことも考えておる」
こわばった大きな手がどかされるとパン粉は一かけらのパンに戻っていた。
「どうして……」
「身寄りのない少女をほっぽり出すなど教育者として問題だと思わんか。それがたとえ、身元の曖昧な少女であっても」
「でも私、この世界に存在しないってことになると入学しても職員になっても問題になりませんか? ほら、戸籍がないと雇用登録できないとか入学申請できないとか……」
 嫌に頭が回ってくる。多分ご飯を食べたからだろう。
アルバスの厚意を無駄にしたいわけではなかったが、問題があっては迷惑がかかってしまうだろう。
元居た世界とは違う世界だとしても日本という国があるなら、日本まで戻してもらえればいいのだ。
そしてこの世界の日本で何とか生活できれば……。
そこまで考えて、やはり自分の戸籍や縁者がいないために無理が生じで来ることに気付いてしまう。
「ほほ、そのことなら問題はないぞ。何しろ偉大な魔法使いアルバス・ダンブルドアの養子になるという手も残されておる。どうじゃ、名案じゃろう」
「確かに……って、一体何をおっしゃっているのか!」
 私は驚いて思わず大きい声を出してしまうが、そんな私を見ておかしいのか朗らかにアルバスは笑うばかりである。
「冗談じゃよ。戸籍や身元については予め調べておくつもりじゃ……その上で、ナマエの存在がなかった時は新たに戸籍を作ろう。なに、夏休みは長い、十分間に合うじゃろうて」
「夏休み?」
「今ホグワーツは夏季休暇中での……あいにく儂か時々用事のある教員が立ち寄る程度じゃ」
「なるほど……」
夏季休暇ということは、今は7月か8月だろうか。
私が事故を起こした時、季節は何月だっただろうか、寒かった? 温かかった? それすらも思い出せそうになかった。
「……それで、入学するかね?」
ホグワーツ魔法魔術学校に入学……したくないわけはない。
どちらかといえば入学したいし、魔女になる素質があるなら魔女になってみたいと思うし魔法も使ってみたい。
でもそれを私がしてしまってもいいんだろうか。
何となく躊躇した。
もしかするとお金のことやこれからアルバスにかかる負担を感じ取っていたのかもしれない。
ふとアルバスの目を見ると『入学しなさい』と言っているようで、その目に素直に従うことにした。
「入学します」
「そういうと思っておった。これを」
アルバスはローブから一通の手紙を私に差し出した。
私はパンをナプキンの上に置いておそるおそる受け取り、封を切った。
ホグワーツの校章が刻まれた封筒に赤い封蝋、中には入学許可証と入学前の買うものリストが封入されていた。
『親愛なるミョウジ様』から続く文章を読むと自然と口角が上がった。
「ナマエ・ミョウジ、君に入学を許可しよう。あぁ、入学にはリストのものを揃える必要があるが、生憎明日は用事があってな……」
 何も急ぐことはない、ここに入学許可証があるのだから。
入学前の買うものリストを食い入るように眺めながら、私はアルバスの話など上の空だった。
一年生向けの教科書のリスト、『基本呪文集』。
これはハーマイオニーが披露したレパロなんかが載ってる教科書だろうか。
制服、普段着のローブ、三角帽子、安全手袋……。
衣類には名前をつけておくこと……小学校に入学する時にもらったような注意書きだ。
指でそっとリストをなぞりながら一点で止まる。
杖……私も杖を手にするのだろう、もちろん、魔法を使うなら必要だ。
「……という訳で、ダイアゴン横丁までは送り届けられそうじゃが、一人で行けそうかね」
一人で、という言葉にはっとしてリストから顔を上げると、アルバスは困ったような顔で咳払いを一つした。
しまった、何も聞いていなかった……。
「一人でですか……」
「不安なら誰かを付けることもできるが」
 おそらく用事のあるアルバスは私に付き添うことが難しいのだろう。
地理に不安もあるが、いきなりその日に会った人と買い物に行くのも気まずいだろう。
「いえ、大丈夫です……一人で頑張ります」
「そうかそうか。それと、お金のことは心配せんでいい、儂からのお小遣いとでも思いなさい」
 私の不安そうな顔がアルバスにはどうやらお金の心配からだと思ったようだった。
そういえば、ホグワーツには奨学金制度があったはずである。
「奨学金制度ありますよね?」
「もちろんじゃ」
「じゃあそっちで……」
「老い先の短い爺からの金は受け取れんと」
 私がそういうと、アルバスは泣き真似をしながらチラチラとこちらを見てきた。
一体どこまでこの偉大な魔法使いはお茶目なのか……。
私はふっと笑いながら返事を返した。
「いえ、ありがたく頂戴いたします」
「よろしい」
アルバスは満足そうに蜂蜜酒をあおいだ。

今日は途中まではアルバスについて来てもらうが、ダイアゴン横丁では一人で行動しなければならない。
ホグワーツで迷子になった私が果たしてリストのものを買うことができるだろうか。
そんなことを考えながら私は、朝食を食べ終え、この世界に来てから初めてのシャワーを浴びた。


20190219執筆
20190219加筆
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ