長編.夢 本置き

□Ordinary fool
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 マダム・マルキンは愛想がよく、ふくよかな女性だった。
どうやら私が今期初めてのホグワーツ新入生らしく、採寸をしながらおしゃべりが止まらなかった。
おしゃべりをしながら魔法界やダイアゴン横丁のあれこれを聞くうちに、なんだかうとうとし始めた頃、マダムはにこにこと笑いながらこれで終わりよ、と言い私を椅子に座らせてくれた。
制服は普段着のローブが三着に三角帽子、冬用マントに……。
リストを取り出し買うものを確認するが、何か忘れているような気がした。
マダム・マルキンの店は普段着から式服までありとあらゆる服が用意されていた。
下着や寝間着も少し取り扱っているようで店の奥の棚に陳列してある。
「あっ」
思わず声が漏れる。
そうだ、私、下着も何もかも持ってないんだ。
アルバスに用意してもらった服はいくつかあるが、下着まで頼るのは少し恥ずかしかった。
いくつか見ておこうと下着や服をあれこれ見ながら悩んでいると、マダムがリストにある衣類全てを用意してくれていた。
お金を支払い、制服や買った下着をハンドバッグに詰める。
せっせと詰めていると、奥から日記がものすごい勢いで私の顔にぶつかった。
「うぶっ……いたた」
 日記を顔から引っぺがすと、何やらわなわなと震えている。
何か……怒っている?
そんな気配を感じながら、日記を小脇に抱えて店を出ることにした。
「またいらしてね」
「はい」
マダムの優しい声を聞きながら私は次にフローリッシュ&ブロッツ書店へ歩みを進めた。

フローリッシュ&ブロッツ書店は新入生向けの教科書を螺旋のように積み上げ、塔のようにしていて少し集めるのに苦労したし、鍋屋は鍋の見分けがつかずうんうん悩んでいると店員さんが見かねて教えてくれた。
途中グリンゴッツ銀行の建築を眺めながら、もしこの世界が現代に繋がっていたら、フォトジェニックスポット間違いなしだなと思わずにはいられなかった。
望遠鏡や薬瓶、真鍮製のはかりなんかも必要だったので望遠鏡の店にも行ったし、薬問屋にも行った。
そのうちぐるぐると歩き回ったので、だんだんと地図を見なくてもなんとなく店の位置がわかるような気がした。
リストは今やふくろうや猫なんかを除いて全て買い揃えたので、達成感で満たされていた。
ふくろうが欲しいなと思ってはいたが、結局買わなかった。
なんとなく生き物はハンドバッグに入れたくなかったし、ハンドバッグに日記をもってその上、ふくろうのかごとなると手がふさがって不便だと思ったからだ。
杖を選んでいた時はどうなることやらと思っていたが、その後はスムーズに買い物を済ますことができた。
ナマエはなんとなく、地図をしまいアイスクリーム・パーラーを目指してみることにしたが、これがまずかった。

なんとなく地図を見ずになんとなく歩みを進めるナマエは、だんだんとノクターン横丁とダイアゴン横丁の境界にまで来ていた。
ノクターン横丁の入り口では薄暗くじめじめと陰気な雰囲気が立ち込め、人の通りも少なくなっていった。
「ここってもしかしてノクターン横丁……」
―――その入口だね。
呟くと例の声がどこからか聞こえた。
この声は……トム・リドルだ。
ナマエは周囲をきょろきょろと見渡したが、特に人影もないので首を傾げた。
どこからともなく呆れたようなため息とともにリドルは話し始めた。
―――どういうつもりか知らないけど、僕は今ナマエが持っている日記の中にいる。
「えっ、えぇっ?」
ナマエは思わず手に握った日記と向かい合った。
 ト、トム・リドルの日記……本物、ってこと?
じっと凝視してみたが、前に会った時のように姿が現れることもなければ、革製の表紙にトム・マールヴォロ・リドルの署名もなかった。
剥げて見えなくなってしまった金文字に書いてあるのかもしれないと考えたが、直してやることもできない。
―――君はどうやら魔法も使えない、記憶も曖昧、おまけにこの僕を『誰』だって……。
 興味のなさそうな声色でそれでいて少し怒気を含んだような声だった。
自分の記憶、この世界に来る前の記憶、この世界に来た時の記憶、どの記憶にもトム・リドルと交友をもつような場面はなかったし、私にとって彼は物語の登場人物のひとりであり特別な存在だった。
簡単に言えば一番好きだった……のだが、初めて出会った時あまりいい思い出とは言えない。
でもどうやら彼は私と初めて出会ったわけではなさそうだ。
彼は私を知っている?
でもなぜ?
それって変な私の想像じゃなくて?
日記を目の前にナマエはじっと考え込んだ。
いや、確かに私はトム・リドルとかヴォルデモート卿お相手の二次創作作品を読んでいたけど……それとこれとは関係ないか、関係ないな。
―――君の考えは読める、簡単に、ね。
はっとした時には、リドルのくすくすと笑う声が耳元で響いていた。
ナマエは、先ほど考えていたことを思い出し、顔やら耳やらがかーっと熱をもったように感じた。
そうだ、今私の考えは読まれて、記憶も読まれている……こんな恥ずかしいことがあるだろうか。
―――変わらないな……でもそんなに思ってくれているとは想定外だったけど。
「す、好きなキャラクターがいたっておかしくないでしょう」
 思わずどもってしまうほど、私の心臓はバクバクだった。
どこまで読まれているんだろう……どうしよう、どうしよう。
―――ふーん。それにしては随分と具体的な……。
「あの……その……これ以上はやめてくださいぃ……」
ナマエが目の前の日記に頭を垂れると、リドルは満足そうに笑った。
―――まぁ、嘘だけど。
「へ」
ばっと顔を上げるとリドルはくつくつ笑いをこらえている。
なんなんだ……なんなんだ!
どうしてこんなにからかわれているんだろう。
どうして彼はこんなに笑って話をするんだろう。
どうして彼はこんな私を知っているんだろう。
考えだしたらキリがなかったし、この思考も全て読まれているかと思うと、これからものを考える時は用心しなくてはと思わずにはいられなかった。
―――それより、さっきのナマエの想像した僕らの関係よりも、実際の僕らの関係が深い関係だったとしたら?
トム・リドルと私がより深い関係……え、えぇ?
その瞬間頭が真っ白になった。
「い、い、いったいなにを……おっしゃっているのか……」
落ち着くんだ私、トム・リドルと言えば話術と演技で人間の心理を巧みに操り、闇の帝王にまで登りつめた人物だ。
これもきっと私をどうにかしてやろうとしてるに違いない。
落ち着け……落ち着け私……。
―――ナマエは覚えてないみたいだから教えておくけど、僕ら一生を共にするほどの恋人だったんだよ。あぁ、もちろん、学生の頃からね。
「い、意味が分からない……私の酷い妄想でしょ、それを読んでいってるんでしょ」
―――ふーん、そういう妄想もしてたんだね。
「いやだから読まないでください、お願いします」
 ナマエは先ほどよりも深く、再び頭を垂れる。
 顔が火を噴くほど恥ずかしかったし、頭もこんがらがって来たし、妄想と現実と彼の話術で何が正しいのか分からなくなってきていた。
いや、気をしっかり持たなければ、この先何をされるか分かったもんじゃない。
ナマエの脳裏に初めて出会ったトム・リドルの姿が思い起こされた。
トム・リドルと私が一生を共にするほどの恋人だなんて誰が信じるものか。
これは私の妄想なのだ、間違いなく、そう、間違いなく。
彼は私の考えや感情、記憶を読み、私の心に揺さぶりをかけている。
トム・リドルの日記は所有者の魔力を吸い取り、会話や具現化をする。
間違いなくこれは魔力回収のための懐柔なのだ……。
―――この前は悪かったよ。僕も突然のことでね……君の魔力がここまで弱体化しているとは思わなかったからね。今は姿を見せることもできそうにないけど、こうして会話はできるのだからいいじゃないか。
「考えを読まないでください」
―――あ、それと別に声に出さなくても僕らは会話できるようになってるから今後はそうして欲しい。でないと、ほぉら、前を見てナマエ。
「何が……ひっ」
顔を上げると目の前に老婆が立っていた。
その老婆の髪はぼさぼさで、歯はほとんど抜け落ちていたが、にたっとした笑みを張り付けていた。
「お嬢さん、迷子かえ?」
「あのー、えっと、結構です」
そのままナマエは、老婆を振り切り一目散に元来た道と思わしき方向へ、脱兎の如く逃げ出した。
逃げる途中に耳元でリドルが、やっぱり君は変わらないと呟いたが、聞けるような状況ではなかった。
20190221執筆
20190223加筆修正
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