短編.夢 本置き

□銀魂用
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山崎退は長期任務のあれこれから解放され、自室に戻っていた。
山崎は畳にごろっと寝っ転がって、深呼吸をする。
久しぶりにゆっくりとした気分に浸る。
自室の襖の向こう側から隊員たちの賑やかな会話や鳥のさえずりが聞こえる。
ついこの間まで活発な攘夷志士グループの一員として身を潜め、潜入捜査していたなんて嘘の様に思えた。

山崎は存在感が薄かった。
群衆の中に紛れれば、誰も自分のことを個人として認識しないのではないかと思われるほどである。
存在感の薄さは密偵に向き、任務をスムーズに進行させてきた。
山崎は任務の中で誰でもない誰かであり、誰かである必要がなかった。
ごろっと寝っ転がっている今の自分は、はたしていつも通りの山崎退なのかどうか。
そんな考えが山崎の頭の中を通り過ぎたが、気にしないことにした。
いつだって自分の存在は自分の中で曖昧だった。
昼寝だ、昼寝、そう思い目をつぶった……その瞬間だった。

「山崎先輩!!」
「ブハッ!!」

スパン、と言う襖を開く大きな音と共に自分の名を呼ぶ聞き慣れた声。
そして腹部に走る衝撃。
山崎の眠気は完全にノックアウトされた。

他でもない、密偵見習いの名無しさんのせいだ。
断りなしに上司の部屋に入って、そもそも男の部屋に入って躊躇なくダイブって……これでも俺は男なのに男に見られてないのかな。
二重の意味で頭を抱え、起き上るとずるずると腹部からずり落ちた名無しさんが膝の上でへらへらと笑っていた。
膝の上で無警戒に笑う彼女にドキッとしながら、ああ!!もう!!どうせ俺は男にさえ見られないジミーですよ!!、と苛立った。
急いで名無しさんの体を自分の体から引っぺがす。

「名無しさん……もう子供じゃないんだから」
「もちろんですよ! だから私は先輩の密偵見習いなんです!」

誇らしげに言う彼女はどこかあどけなさが残っていた。
名無しさんは真選組ができる前から近藤さんたちと激動の日々を生き抜いてきた一人だ。
いつも近藤さんや土方さんの側を離れない、恥ずかしがり屋の普通の女の子。
そんな子がなぜ密偵見習いなんて志願したのか、そしてなぜそれを自分の上司たちは許したのか理由は定かではない。

「じゃあもっとお淑やかにしないと。そんなおてんばさんじゃ密偵になれないぞ」
「わかってまーす。ところで山崎先輩、任務お疲れ様です!」
「……お、おう」
「ということで、任務のお話を聞かせてください!」
「話っていつもしてるだろ。って言うか、いつの通り。前した話とたいして変わらないよ」
「それでもいいです。お願いします!」

彼女は先ほどとはうって変わって正座になり、目をキラキラさせながら今か今かと待っている。
う、そんな目で見ないで欲しい。
山崎は名無しさんのこの目に弱かった。
山崎は名無しさんと同じ様に正座し、しょうがなく話す事にした。

「今回の任務は前回の攘夷志士グループとはまた別のグループに潜入したよ。他の派閥と繋がりがあるか、大きなテロを企てていないか……もちろん、高杉や桂の動向についてもね」

それから山崎は名無しさんに潜入任務のあれこれについて話したが、自分の中で前回の潜入任務と何か変わったことがあっただろうかと頭の隅で思っていた。
自分は彼女にとって何かためになる話を、面白いと感じるような話をすることはできているだろうか。
彼女は自分の話をためになるだとか、面白いだとか、何かを思って聞いてくれているだろうか。
上司として、密偵見習いの彼女にとって何か、期待に応えるような何かを自分は残せているだろうか、語れているだろうか。
彼女に話しかける自分の口はぺらぺらとしゃべっているのに自分に自信はなかった。

「……でもグループ自体が新しいみたいで中々情報も降りてこないし……最後は攘夷志士同士のいざこざに乗じて抜けてきたよ、あいつらすぐ切り合いになるからさ」
「今回も完璧な任務遂行……やっぱり山崎先輩はすごいです!」
「ま、まぁ、密偵ならこのぐらい普通ってもんさ」
「でも前回は怪我されてませんでしたよね」

怪我……前回の任務と今回の任務の違いなんてそのぐらいだろう。
身に余る目標を掲げ、具体的な道筋もなく、集まった人間が結んだ結束は誤った情報一つで崩れるほど脆い。
攘夷志士同士の小競り合い、切り合いをさせることなど容易だった。
混乱に乗じて身をくらませて、それで安全に逃げ切るつもりだった。

「あぁ、確かに今回はちょっと刀で切ったけど、あのぐらいどうってことないよ」

自分が切られたのか、誰でもない誰かが切られたのか。
屯所に帰って来た時にかすり傷を負っていたのは自分だった。
その時、自分が切られたのだと浅い傷の痛みと同時に認識した。
任務は失敗ではないが完璧な任務の遂行とはいえなかっただろう。
何でもないようにへらっと笑いながら目線は下を向いていた。

「……嘘」

はっとして山崎は名無しさんの顔を見る。
同じ部屋にいても外の喧騒に溶けて消えてしまいそうな小さな声だった。
さっきの声は聞き間違いだったのだろうか。
そんな考えを打ち壊したのは眉を八の字に下げた名無しさんの顔だった。

「山崎先輩、あの日辛そうでした……。私は……今は無理かもしれないですけど山崎先輩と一緒に密偵として任務を任されてみたいです」
「それは無理だよ」

自分でもびっくりするほど冷たく静かな声だった。
名無しさんの顔がみるみるうちに歪んでいく。

「どうして、ですか」
「もし二人の密偵が同じ任務につくなら、お互いに深い理解がありながら冷酷に殺し合うことも厭わない関係でなければならない。名無しさんはできる?」

俺は誤魔化しの様に笑った。
名無しさんは怯えたような顔をして静かにかぶりを振った。
そりゃそうだ、いきなり上司を殺せるかなんて聞く上司はいないだろう。
彼女はまだ密偵見習い、でもそろそろ覚悟を決めてもらわなければ困るのも事実だった。
俺は立ち上がり、部屋を出ようと開けっ放しの入り口まで歩く。

「待って下さい」

振り返って名無しさんを見る。
じっとこちらを見据えている。

「殺し合う……ことはすぐにはできそうにありません。でも、理解し合うことは今からできそうだと思います。だから、私に山崎先輩のことを教えて下さい。私も山崎先輩に私のことを知ってもらえるように頑張ります。今まで以上に山崎先輩と一緒に行動します。必要であればなんでもします。深く理解し合うには時間がかかるかもしれませんが不可能ではないはずです。だから、行かないでください」

意志の強さを湛えた双眸に自分が映っていた。
覚悟を決めて欲しいと思ったのは本当だったが、それは密偵である自分の考えだ。
屯所で過ごす家族同然の彼女に上司であり兄のような自分にとってそれは早過ぎるように思えて、先の発言に後悔があった。

「急にあんなこと言われて驚いたよね。俺……ごめん」
「えっと、あっ、わっ、私、生意気でした。私の方が悪いです!!すいませんでした!!」

山崎が頭を下げるとさっきまでの名無しさんはどこへやら、オロオロとし始めた。
いつも通りの名無しさんに山崎は自然と笑みをこぼした。
慌てたようにそろそろ自分の部屋に戻りますね、といいながら名無しさんは山崎の側まで近づくと足を止め、向き直る。
「あの、山崎先輩」
「?」
「私を先輩の特別にしてくださいね」
「……っぅるぇ!?」

一瞬名無しさんの言葉の意味が分からなくなり変な返事をしてしまったが、彼女は自分の横を通り抜けてさっさと行ってしまった。
まだまだ子供だと思っていた名無しさんの後姿が急に大人になったような気がして、自分の心臓の音も少し大きくなったような気がして。
俺の中で名無しさんが『特別』になったら……彼女の中でも俺は『特別』になれるだろうか。
彼女の言う『特別』は将来背を預けられる相棒としての密偵だとわかっていても、期待せずにはいられない自分が危ない大人の仲間入りをしそうで恐ろしくなった。
しっかり彼女の上司として気持ちを律しなければ、とこちらが覚悟を決めているようでは笑われるだろうか。
自嘲気味に笑いながら前髪を右手でくしゃりと崩した。
これ以上は考えたらいけない気がしてきた、でないと君の憧れの先輩、山崎退は崩れてしまうから。

2018/11/04大幅加筆修正
前題名(曖昧me、mine)

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