短編.夢 本置き

□銀魂用
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「銀さん、寝てるの?」
俺は名無しさんの声で瞼を上げた。
リビングのソファでうたた寝していたようだ。
顔を覗き込んでくる名無しさんが可愛くて自然と口元が緩む。
そんな俺を見て名無しさんは、何ニヤニヤしてんの、とか言いながら目線を合わせてくれない。
「ん―、今日も名無しさんはかわいいなぁ」
俺がそう言うと名無しさんはピシッと効果音が出そうなほど固まったが、すぐ何でもないように拳三つ分空けて俺の隣に座る。
「なぁ」
「何?」
「俺たち恋人同士だよな?」
「そ……う、だね」
そう、恋人なのだ。
そのはずなのだが、名無しさんはなかなかガードが固い。
ガードが固いどころか恋愛の経験が少ないらしく、ちょっとしたことですぐにガチガチになってしまう。
今もそうだ。
もしも、ここでもっとくっついて座りたいんだけど、と言ったら、一瞬でソファの端に移動されてしまうだろう。
ではどうすれば名無しさんに近づけるか。
答えは簡単だ。
「名無しさん―!」
銀時は一気に名無しさんとの距離を詰めるとガバっと抱き付いた。
名無しさんの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。
そんな様子が可愛くて俺は笑ってしまう。
「―――ッ!!銀さんの馬鹿!離して!」
体格差など関係なしにもがもがと体を動かす名無しさんの姿が、銀時に無理矢理抱き上げられた猫を想起させた。
「せっかく捕まえたのに離す訳ねぇだろ―」
「な、なっ」
まだじたばたとする名無しさんにむっと不満げな顔をする銀時だったが、さらに彼女の体を抱き寄せる。
「大人しくしとけって」
「なんで……」
「要するにこういうのは慣れだろ?」
耳元でささやくと名無しさんの体がびくりと震える。
頭一個分下にある縮こまった彼女を見下ろすと、耳全体が真っ赤になっているのがよく見えた。
そっと手のひらで頭をなでてやる。
しばらくすると、最初は体を固くしていた名無しさんも、なで続けてやるとだんだんと体がほぐれてきたようだった。
「落ち着いたか?」
そう声をかけると名無しさんは顔を下に向けたままかぶりを振った。
落ち着いてはいるが、耳や頬は真っ赤なままで妙に体温が高いように思えた。
「恥ずかしい?」
「……」
無言のままこくこくと頷く名無しさんの髪がさらさらと揺れる。
ふわりと控えめにシャンプーの匂いが香った。
「俺さ―、名無しさんのシャンプーの匂い好きなんだよね」
「……」
「きつくない匂いだし、甘い感じがするし」
「……」
「初めて会った時からシャンプー変えてないでしょ」
「……へ、変態かっ」
「あ、しゃべった」
ぎゅっと抱きしめた手を緩めて、名無しさんを覗き見ると茹でだこのように真っ赤だったが、少し怒ったような顔でもあった。
目線を合わせるとふいっと逸らされてしまった。
「怒った?」
「怒ってないけど」
「けど?」
ぐいっと銀時が顔を近づけると名無しさんと顔と顔の距離はわずか数pになった。
「――ッ!!」
反射的に名無しさんは両手で銀時の体を押したが、成人男性の力の前に全くびくともせず、そのまま目線が絡み合う。
「お願い……離して」
「離して欲しかったら、そうだな……名無しさんからして」
「な、何を」
「愛情表現?」
「し……してるよ」
「例えば?」
「……ちょっとそんなすぐには」
「じゃあ今から。なぁ、いいじゃねぇか」
「い、いきなりなんて、心の準備とか必要っていうか」
「じゃあ銀さん今からしちゃおっかな―」
言い訳ばかり繰り返す名無しさんに銀時は我慢ならず、そのまま唇が触れてしまいそうなほど体を前に寄越した。
銀時と顔の距離がどんどん近付いていく事実に名無しさんは顔が熱いわ、心臓が痛いわ、目が回りそうだわで混乱した。
しかしこのままでは……、と思うと口から大声が出ていた。
「ちょ、待って、わかったから!するから!」
今にも触れそうだった銀時の顔がピタッと止まる。
名残惜しそうに銀時が顔を離すのを確認すると名無しさんはふうっと息を吐いて、キッと銀時を睨んだ。
「愛情表現ならなんでもいいんだよね」
「名無しさんからしてくれるなら」
「目、つむって」
「はいはい」
銀時は目をつむる。瞼の裏は真っ暗でこれから何をされるのか、少し浮き足立っいた。
目をつむるなんてあれしかないだろう、と。
しかし、銀時の予想は外れ、少し涼しい額にやわらかいものが当たっただけだった。
目をぱちくりさせていると名無しさんはもうしたから離して、と言いながら銀時の体をぐいぐいと押す。
銀時に悪戯心が芽生えた。
「うわわっ」
名無しさんに押されたふりをして銀時は抱きしめたまま彼女をソファに押し倒した。
名無しさんは何が起こったのか一瞬分からず固まっていたが、すぐに状況を理解し無駄だとも分からずに銀時の胸板を押した。
「ち、違う!約束と違う!酷いよ!」
「酷い?」
「自分からだったら何でもいいって」
「……全然足りねぇよ、名無しさん」
愛おしげに細められた赤褐色の瞳が銀髪の前髪からちらちらと見える。
声を上げる間もなく、名無しさんは銀時によって慣れた手つきで両腕を片手で頭の上で押さえつけられ、両脚はぴっちりと銀時の足で固定されていた。
「あっ、えっと……」
「今日は新八も神楽も帰ってこねぇしなぁ」
にたりといやらしく笑う銀時に名無しさんは今までに感じたことのないぞわぞわとした感覚が背筋に走るのを感じた。
「要するに……慣れだ」
その言葉とともに名無しさんはぎゅっと目をつむった。

◆◆◆

翌日、お妙の家から帰ってきた新八と神楽は銀時の顔にぶたれたような赤く腫れた手形と今までに見たことないほど不機嫌な名無しさんの二人に出迎えられたという。


2018/11/18大幅加筆修正
前題名(愛の言葉は囁かない)


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