短編

□始まりの時
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奇妙な唸り声を上げる醜悪な化け物
それに対峙するのは黒い水干のような衣を着た一人の女

女は無表情に懐から札のような物を取り出し、化け物に向けて放る


「失セロ」


女が呟くと化け物は聞くに堪えない悲鳴を上げながら消えていった


「…つまらん」


衣を翻し、女はその場を後にした




・・・・・・・・・・・・・・

ふと、颯爽と歩いていた女が歩みを止める
そして不愉快そうに眉を寄せて口を開いた


「何のようだ」

「おや、気づかれてしまいましたか」


物陰から表れた一人の男に女は眉間の皺を深くして答える


「気配すら消して居無いのだから当たり前だろう」

「はは、確かに」


ゆったりと微笑む男
女はもう一度尋ねた


「何のようだ」

「特に用はありませんよ
ただ、最近私の仕事を先回りして片付けてくださっているのはどんな方なのかと思いましてね」


男の言葉に女が僅かに目を見開いた


「貴殿が“安倍晴明”か」

「えぇ、貴女のお名前は?」

「…術者相手に名乗る馬鹿が何処にいる?」

「おや、つれないですね」


楽しそうに笑う晴明に女は形の整った眉をひそめ、再び歩き出す
それを彼が引きとめた


「待ってくださいよ
お送りします」

「結構だ」

「遠慮しないでください」

「遠慮ではない
我に構うな」

「おや、それは聞けないお願いですね」

「何故」


鬱陶しそうに晴明をみる
彼は綺麗に微笑んで女の耳元に口を寄せた



「貴女が気に入りました
これから仲良くしてくださいね」



軽く耳に唇を落として離れていく男に女は顔を赤くして口をパクパクさせる


「それではまた会いましょう」


晴明はそれだけ言い残して去っていき、取り残された女はその後姿をただ唖然と見送った




これが後世に名を残す、術師二人の出会いの瞬間



あいつの印象?
最悪だ!

(何なんだあいつは!)
(悪霊に取り付かれてしまえ!!)

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