短編

□可愛い子
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彼との出会いから十数年


出会った頃は小さくて、可愛らしかった彼は・・・


「お久しぶりでございます、紫の上様
おかわりはございませんか?」

「えぇ、久しぶりですね
夕霧様もおかわりは…あぁ、少し背が伸びました?」


ずいぶんと背も伸び、声も低くなり、更には紅葉のお兄様のお嬢様を北の方として迎えられ、今ではすばらしい立派な男性に成長しました。

小さい頃から知っている子が大きくなるのは自分も親になった気分になってとても楽しいものだった

でも一つ不満が…


「それにしても、こうも御簾や几帳で仕切られては…寂しいものですね」


寂しそうな声で呟く彼に心が痛む

そう、不満は殿が簡単には彼と逢うことを許してくれなくなってしまったこと

自分の例があるから心配なんだろうけど、だからってこんなにたくさんの隔てがあってはこっちから彼の姿を見るのすら難しい

さすがにちょっとやりすぎでは…?


「ごめんなさいね・・・」

謝ると夕霧様に苦笑された

「いえ、こちらこそすいません
謝らないでください
父上のお気持ちも分りますから」

「それにしてもこれはやりすぎだと思います
紅葉のお兄様や兵部卿の宮様にお会いする時にはここまでなさらないのに・・・」


ほんと、何で夕霧様だけこんなことに?


「…父上は知ってらっしゃるのかもしれませんね」

「知ってる?何をです?」

「私の初恋の方ですよ」

「初恋、ですか?それなら私も知っていますわ
北の方様でしょう?
小さな頃はずっとおっしゃっていましたものね」


夕霧様は黙って微笑む


「素敵ですよね、小さな頃から思っていた方とご結婚されるなんて中々ありませんもの」

「・・・」


しばらくしても返事が帰ってこない事に首をかしげた


「?夕霧様?どうかなさいました?」

「…いえ、何でもありません
それよりも今日は紫の上様にお渡ししたいものが」

「何ですか?」

「美しい扇が届きましたので、是非と思いまして」

「あら、よろしいの?北の方様は・・・」

「構いません、彼女は自分で好きなものを作らせておりますし…
…桜の絵が描かれたものでして、貴女に似合うかと」


御簾の下から滑り込まされた扇を手に取り、開いてみる


「まぁ…っ!」

「お気に召しましたか?」

「えぇ、素晴らしいです・・・
本当に私が頂いてよろしいのですか?」

「はい、よろしければ」

「ありがとうございます」


弾む声でお礼を言うと夕霧様も嬉しそうに笑ってくれた



貴女が知る事はないでしょう
私の初恋は、桜の花のような方でした

(あ、言っておきますが愛したのは妻が初めてですよ?)
(愛と恋は別ものですからね)

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