短編

□愛しい人
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扇で顔を隠し、目を伏せ、頭を下げる私に、その方は殿によく似た声を発した


「顔を上げて、よく見せて?」


それを合図にゆっくりと顔を上げる


「ぅわぁ・・・!」


帝から小さくあがった驚きの声

・・・え、まさかの悲鳴?

何故か分らず疑問符を浮かべた
またも帝が言葉を発する


「綺麗・・・」


それに続くように周りもざわめきだした

「真に…光源氏の君に相応しい美しさで」
「…女院様によく似てお出ででは?」
「確かに…」
「私もそう思いました」

囁くように聞こえてきた声に納得

そういえば、私って藤壺の宮様と似てるんだっけ?
最近、殿が私を通して宮様を見ているようなそぶりがなくなってたから忘れてた・・・

納得したはいいが、勝手にざわめいている人たちにどうすることも出来ず、私はふと目が合った帝に向けて曖昧な笑みを浮かべてみた


「!」

「…?」


驚いたように僅かに目を開いた帝
その後、何やら指示を出して数人の女房以外を下がらせた


・・・・・・・・・・・・・・・・

帝が私と向かい合って腰を下ろす
しばしの沈黙の後、彼が口を開いた


「えっと…なんてお呼びしたらいい?」

「え?あぁ、お好きなように…」


言ってから少し考える

お好きなようにじゃ愛想がなさすぎかしら…


「そうですわね、殿…夫には“紫の上”と呼ばれておりますわ」

「紫か…う〜ん」

小首をかしげて何やら考える帝
幼さの残るその仕草を微笑ましく思いながら尋ねた

「如何なさいました?」

「紫もにあうけど…桜色の方が似合いそう」

帝の言葉に驚く

「え?桜・・・ですか?」


また桜?殿といい、紅葉のお兄様といい・・・
私ってそんなに桜っぽいの?
・・・桜っぽいって何よ?

そんな事を考えていると帝から声がかかる


「桜は嫌い?」

不安そうなうるうるとした目でこちらを伺う帝

「え?いいえ、一番好きな花でしたので少し驚いてしまって…」

「本当に!?」


私の言葉にパッと表情を明るくした

!!
うわぁっ!可愛い!!


「では、私は“桜の君”と呼ぶ!いい?」

「!!ぁ、はい、そのように…」


にこりと笑顔を返すが、内面は大混乱中だ

可愛い!ものすごく可愛い!!
抱きしめて頭を撫でたおしたいほど可愛い!!!

でも帝相手にそんな事をしては大変なことになるので何とか我慢する


「ねぇ、桜の君何かしてあそびましょう?何が好き?」

「遊び、ですか?そうですわね…」


自分の欲望を何とか抑えつつ、殿から退室の催促が来るまでの間を帝と楽しく過ごしたのだった
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