短編

□愛しい人
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私の従姉妹にあたる源氏の君の北の方

何故か分らないけど、どうしても会ってみたくなって源氏の君に無理を言い、尚侍として出仕してもらうことにした


始めて見た彼女は、今までに見たことがないくらい綺麗な人だった


咲き誇る花のごとく、乱暴に触れれば壊れてしまうような美しさ
彼女の周りだけ、空気が違うような気さえした


源氏の君に促されて慌ただしく帰ってしまった彼女
でも私の心を掴むには十分で、また彼女に会いたくて事あるごとに出仕を頼んだ

滅多なことでは出仕を許してくれなかった源氏の君に強引に頼み込み、最近では月に一度は顔を出してくれるようになった


そして今日は彼女が御所にやってくる日―・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「お久しぶりでございます」

「うん、久しぶり」


ふわりと浮かぶ柔らかい笑み
その笑顔を見るだけで、心が洗われるような心地がする


「今回はどれくらいいられるの?」

尋ねると今まで浮かべていた笑顔が申し訳無さそうに歪んだ

「それが…明日から物忌みでして、今日中には・・・」

「そう・・・」

答えを聞いて俯く
隠しもしない、落胆した声が出た


「申し訳ありません…その代わり本日はお役目も殆どありませんの
ですから今日は帝のお側におりますわ」


気遣うように紡がれた言葉


「・・・本当?」

「はい、今日は何をしましょうか?」


私が顔を上げたことで桜の君もほっとしたように笑顔になった

彼女は私にはとことん甘い

どうやら私が自分を母や姉のように慕っていると思っているようで、大概の我侭には答えてくれる

実際は違うんだけどなぁ・・・


「…桜の君」

「はい?」

「大好きですよ」


私がそう言うと彼女はきょとんと目を丸くし、その後すぐにふにゃりと笑顔を浮かべた


「私も大好きですよ」


こんなに簡単に返してくれる
まるで家族に言うように

私が求めている言葉はそういう意味じゃない

でも、その言葉は絶対に聞けないものだという事も分ってる

だって・・・


「そう言えば、その着物美しいね
貴女によく似合ってる」

「本当ですか?
ありがとうございます、殿が選んでくださいましたの」


ほら、源氏の君の話になるだけでこんなに美しい笑みを浮かべるんだから…

私一人の力では絶対に引き出せないほど魅力的で美しい顔

初めてその笑みを見たときは、嫉妬で頭が変になりそうで
立場を利用して無理やり自分のものにしてしまおうかとも考えたけど・・・


「ふふ、私も気に入っているんです」


そんなに幸せそうな顔をされてはそんなことも出来ないじゃないか・・・


「…そう、よかったね」


私は複雑な思いを抱えながらも、精一杯の笑顔を向けた





貴女の笑顔が大好きでした
それは今も変わりません

(私の思いが実らなくても)
(貴女が幸せならそれでいい)
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