短編

□立場の苦しみ
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「主」
「入れ」
「失礼いたします」


短い言葉の遣り取りの後、室内に入ってきた女
男が側に寄るように命じると女はそれに従い、耳元に唇を寄せた


「以前に比べて馬が数十頭、武器も少々増えおります」

「…」

「後日、武将にでも接触して証言を取ってまいります」

「任せる」

「は」


返事をして女が離れようと顔を動かす
しかし男がそれを阻んだ

後頭部にあたる大きな手
視界いっぱいに広がる男の顔
唇に感じるほのかな熱
ぬるりとした感触が口内に侵入し、好き勝手に動き回る


「ふっ・・・」
「はぁっ・・・」


離れた互いの唇に透明な糸がつたった

熱い獣のような瞳で見つめられ、ふと今朝の出来事が頭によぎる

着物が肌蹴られ、自分の胸元に埋まった男の頭
その髪をくるくると弄びながら口を開いた


「そう言えば、」

「…」


返事が返ってこないのは想定内
気にせず勝手に話し続ける


「今朝、奥方様に会いましたわ」

「…」

「表現しがたい眼で私を睨まれますの
ふふ、こわかったぁ」


笑う女に男が顔を上げた
だが身体を這う手は止まらない
女はその手に身を任せながらも、至近距離で眼を合わせ、器用に不機嫌そうな顔を作ってみせる


「夜、自分が閨に呼ばれないのは私のせいだと思い込んでおられるようですわ」

「・・・当たりだろう」

「あら、私何度も申し上げていましてよ?
“奥方様と閨を共に”って
聞き届けてくださらないのは主ではありませんか
私のせいになさらないでくださいな」

「・・・」


自分が不利になったからなのか、男は黙り込み、代わりに女の首筋に唇を落とす

チクリと小さな痛みを感じ、女は小さく声を上げた




「お前は俺の言葉だけを聴いていればいい
他の奴の事など気にするな」




耳元で甘く、しかし威圧的に告げられた言葉


それは彼女の最優先である“主からの命令”



あの女性には分らない
この立場がどれほど甘く、苦しいかなんて…

(私にも分らない)
(あの女性の立場がどれほど惨めで辛いかなんて)
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