短編

□花の棘
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御簾や几帳に隔てられた向こう側に座るのは、かつては同じ屋敷で過ごし、ともに眠った人

愛しい方の面影を持つ人として引き取り、育てた可愛い子は、いつしかその方をも超えた素晴らしい女性に成長するとともに多くの男を魅了する魔性の女性へと変化していた


「久しぶりです姫君」

「久しぶり…?あぁ、源氏の君がいらっしゃるのはそうでしたわねぇ」


案にほかの男は久しぶりではないと仄めかす発言にピクリと表情が引きつる
それを悟られないよう、何事もなかったかのように言葉を続けた


「久しぶりに会うのだからと思って珍しい唐菓子を持ってきたんです
いかがですか?」


そういって御簾の下から菓子の入った箱を滑らせる


「まぁ、ありがとうございます
・・・あら?これ…」


不思議そうな声を出す彼女に問いかけると、鈴がなるような朗らかな笑い声が返ってきた


「どうかしましたか?」

「ふふふ、いえ?やはり親子なんだと思いまして…」

「親子?」

「えぇ、この菓子、昨日夕霧様が持ってきてくださった物と同じですわ」

「え・・・」


彼女の言葉にしばし固まる

夕霧が彼女に?

彼女が数多の男に言い寄られていることは知っていたがまさか夕霧までとは・・・

試案にふけっていると彼女から声がかけられた


「源氏の君?ご機嫌を損ねてしまいました?」

「・・・」

「怒らないで?源氏の君…」


言葉とともに御簾が持ち上げられ、彼女の姿が露わになる
出てきた彼女は私の頬にそっと触れ、首をかしげて口を動かす


「私のこと、お嫌いになってしまいます・・・?」


潤んだ瞳と不安そうな声音

彼女は狡い
私が彼女を嫌うことなどできないと知っていて、こんなことを言うのだ


「嫌いになんてなれません・・・」


力なくつぶやいた言葉に、彼女の表情が綻ぶ


「よかった・・・」


美しく、乱暴に扱うと壊れてしまうように儚げな、花のような笑み
この笑顔にだまされた男は何人いるのだろうか

かくいう自分も、この笑みに騙された一人なのだが・・・



変わりだった少女は、いつの日か掛け替えのない女性へと変わり、いつしか自分が追い求めるようになってしまった


もう戻れない
きっと私は、彼女から逃れることなど一生できないのだろう・・・
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