たばこの煙
□change the world
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「・・・よう。」
男は街頭に預けた背を起こす。
「どうしたの、急に作戦会議?」
ポケットに手を突っ込んだ女は笑って答える。
「今日はヤボ用でな。」
トレンチコートからのびる黒タイツの足をチラリとみて、男は歩き出す。
革靴とハイヒールの音が重なる。
「寒くねぇのか、そんな足で。」
「あなたこそ、いつもと変わらないスーツじゃない。」
お互いが笑い合っていることは、顔を見なくてもわかる。
いつもよりもゆっくりと、騒がしい商店街を歩く。
――If I could reach the stars...
男性ボーカルの声が響く。
「BGMか…。」
「チェンジ・ザ・ワールド…。」
「知ってるのか。」
変わらない歩調からは、関心は見えない。
「もし星に手が届くなら、ひとつ手に取って僕の心を照らす。僕の本当の気持ちがわかるだろう。…って曲よ。」
上を見上げると、ガラス張りの天井越しに星空が見えた。
「ロマンだな。」
吐き捨てるように男は言う。
「あなたも、そんなセリフが言えたらいいのにね。」
「けっ、どっかのサルじゃあるめぇし。」
笑い声が重なって、革靴の音が止まる。
「・・・?」
「もう知ってるだろ。」
ぼそっと言いながら煙草の火を踏み消す。
「出しな。」
「え?」
コツリ コツリと音を立てて、近づく。
「手。」
胸の高さに出された手。
ポケットに突っこんだままだった手を重ねると、驚くほど温かった。
「あ〜、つめてぇ!」
「あなたはなんでそんなにあったかいのよ。」
言い合いながら見つめあう。
いつの間にか曲はサビに入っていた。
「アリサ。」
グイッと引き寄せて女の腰に手を回す。
「びっくりした。」
「チェンジ・ザ・ワールドか…。」
ふっと笑って、唇を重ねる。
BGMはサビも終わって、ギターが甘くメロディーを歌う。
離れた後も、目を離さなかった。
「俺の愛が、心地よく感じるさ。」
腰に回した手が緩む。
「もしも、世界を変えられたらな。」
男はニヤリと口角を上げる。
「ふふ…次元。」
女に首に手を回され、前にかがむ。
「曲聞いて言ったでしょ?」
「へっ、ばれたか。」
また笑って抱きしめた。
あなたは私の太陽になるの
たとえ世界が変わらなくても。
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