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□睫毛
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「水でいい」と言ったのはどこのどいつだ。という言葉を飲み込み隣を見れば、無理矢理連れてきた男はカウンターに突っ伏している。
どうやって連れて帰ろうかと考えている間、ずっと隣の男−ジーカウェンの寝顔を眺めていた。
(そういえば、こいつの顔をちゃんと見たことはなかったな)
それが寝顔であれば尚更だ。
未だ素性が知れないこの男は、一目見たとき女かと勘違いしたものだ。
顔立ちは整っており、今見ても、そこら辺の女より女々しく見える。本人に言っては悪いが、声を聞かない限り男に見えない。
(睫毛長いな)
閉じられた瞳の上に、まるでカーテンのように長くて白い睫毛が覆い被さっている。じっと見つめ、あまり起きる気配が無さそうなのを確認してから、そっと睫毛に触れた。
(……なんというか、こう…男の睫毛か?これ)
ふわふわして、自分のものとは大違いだ。と、ダンはひとりごちた。
睫毛にやっていた手をゆっくりと下ろし、頬に、そして耳の下に指を添え、もっと良く見てみようと思い顔を近づけたところでジーカウェンが目を覚ました。
「随分寝ていたな」
「……何をしてる」
近づけていた顔を訝しげに睨まれ
、とりあえず離した。手はそのままなのだが。
「おい」
「何だ?」
「この手も離せ…」
これ、と指で示す姿がやけに可愛らしく見えたのは、こいつが女々しいからなのか。
「む…」
「何を渋ってるんだ」
「いや、」
空いていたもう片方の手も同じように添えると、もはや何がしたいんだというような顔で睨まれた。
しかしその表情の中に出た僅かな戸惑いを、ダンは見逃さなかった。
「いい加減にしろ。何のつもりだ…」
「お前って、」
ふわふわして、掴み所が無くて、白い
「睫毛みたいな奴だよな」
彼の顔面に鉄拳が跳ぶまで約2秒。