小説その3

□綱吉くんの平凡な休日
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と、そこへパタパタと軽い足音が廊下から響いてきた。
「あぁ、来たかな」
雲雀が呟くと同時に、自動ドアが軽い音を立てて開いた。
「恭、いる?」
ひょこりと顔をのぞかせたのは、雲雀の血縁であるアラウディだった。
雲雀と全く同じ顔だちなのだが、淡い水色の瞳と月の光のような金髪で、受ける印象はまるで違う。
「スケートリンク、もうすぐ準備できるって」
「ん、了解」
軽く頷くと、雲雀はアラウディに近くの椅子に座るように手振りで促した。

アラウディはちょこちょこと子猫のような仕草で近寄ってくると、そこで初めて雲雀の前に座っている綱吉に気付いたようだった。
こてっと小首を傾げる姿が、ますます子猫っぽい。
「えっと、……つー?」
「ど、どうもお久ぶりです、ラウさん」
できれば女装してる、なんて思われなければいいなぁ…と思いつつ、綱吉はえへっと引きつった笑顔を浮かべた。
「つー、今日も見つかったらダメだから変装してるの?」
「へ?」
何を言われているのか分からず、綱吉は無駄に大きな瞳を更に大きくした。
「いえ、別にオレは変装とか」
と答えかけて、綱吉ははたと気付いた。

今日【も】…ということは…。
なんだか嫌な予感がひしひしとする。

「え、違うの?」
アラウディはこてっと反対側へ小首を傾げると、おっとりと瞬きした。
「でも、つーは恭と一緒のところ、隼人に見られたくないんだよね?」
「えええええっ、えっとぉ…」
そういうわけでは無い、いや、雲雀と一緒のところを獄寺に見られれば、またひと悶着起こるに違いなので、そういうことになるのだろうか。
「何が何だか自分でもわからなく……っていうか、やっぱり獄寺くん、ここに来てるの!?」
「うん、来てるよ。今は喫煙ルームのチェックに行ってる」
「うひぃぃぃどうしよう!?」
自分と雲雀が一緒にいるところを見られることがどうか、ということは置いておいて、とりあえず今は女装姿をクラスメートなんかに見られたくはない。綱吉の頭の中はそれで一杯になった。

「大丈夫だよ〜、とっても可愛く変装できてるから。ねっ、哲」
アラウディは切れ長の瞳を唐突に側にいた草壁に向けた。
「は? うむ、まぁ、そうだな」
草壁はいきなり話を振られて戸惑ったようで、あたりさわりの無い答えを返すと「まだ時間があるようだから、なにか甘いものでもどうだ」といささか強引にアラウディにメニュー表を渡した。
「んー、この【ぷるるん小鳥のひらめき】ってのはなぁに?」
「あぁ、それは今沢田が食べているパフェのことだな」
「ふぅん、じゃあそれはつーに味見させてもらえばいいから、別のにする。…あっ、つーじゃなくてナツナちゃんって言わないといけないね。哲もサワダとかいっちゃ駄目だよ」
アラウディはそう言って、草壁に向かって少し顔をしかめた。
「は、はぁ…まぁ、そのへんは適当になんとかしよう。で、どのパフェがいいんだ」
草壁の目が若干泳いでいたのは、綱吉の見間違いではないだろう。
「この【悪魔のささやき秋の陣】ってのはなぁに?」
「チョコレートと栗のパフェだ」
「じゃあこの【紫のバッカス神の宴】ってのは?」
「巨峰のパフェ、ワインゼリー乗せだ」

二人の会話を聞いていて、綱吉は噴き出しそうになって困った。
「なんなんだよ、悪魔とかバッカスとかって!」
自分の時はメニュー表など見せてもらえず、問答無用で出されたパフェをいただくのみだったので、名前がそんなに面白いことになっているとは知らなかったのだ。
綱吉が肩を震わせていると、目の前の雲雀がいきなり顔を覗きこんできた。
「そんなに、変?」
「ひぅっ」
間近に雲雀の顔を見て、綱吉は息を飲んだ。
さらさらの髪は烏の濡れ羽色、深い瞳は澄んだ夜の空。
どこかで聞きかじったフレーズが心の中でリフレインする。
雲雀の顔は中学生男子の標準からしても、かなり、いや相当、綺麗だ。
「ねぇ?」
真っ赤になって固まってしまった綱吉の目の前で、雲雀が小首を傾げる。
その様子が、さきほどのアラウディとそっくりで、やっぱり血は争えないんだなぁ…なんてぼんやりと綱吉が考えていた時だった。

「悪ぃ、遅くなったな」と声がして、獄寺がルームに入ってきた。
獄寺が来たら目立たないように隅っこで地味に隠れていよう…と思っていたのに、綱吉は反射的に声の方を凝視してしまい、獄寺とばっちり目線が合ってしまった。
その途端、獄寺の瞳がぎょっとしたように見開かれた。
やっぱり変装なんて無理だった、女装の言い訳どうしよう! と綱吉があわあわと慌てていると、獄寺はけっと肩を竦めてぷいとそっぽを向いてしまった。
「…ったくよぉ、こんなところまでカノジョ連れて来てイチャイチャしてんのかよ」
「えぇ…ぇ!?」
大声を出しかけて、慌てて綱吉は両手で口を塞いだ。どうやら自分だとは気付かれていないようだ。
不審そうな表情でこちらを見た獄寺に、綱吉は必死で愛想笑いを浮かべつつお辞儀をした。

「ふん、まぁいっか。オイ、これ渡しておくぜ」
獄寺はそれっきり綱吉には関心を失ったようで、手に持っていた書類を雲雀に手渡した。
「うん、良くまとまってるね」
「当然だろ、仕事に手は抜かねぇ」
「じゃあちょっとこっちのエリアも確認してくれるかな」
雲雀はそう言って立ち上がると、中庭に面したガラス張りのテラスへと獄寺と話込みながら歩いて行った。

「ふぇぇ…なんかすごいな」
ところどころ聞こえてくる話の内容は、難しすぎて全然理解できない。
とても自分と同じ年頃とは思えない、と綱吉は二人の背中を感心しながら眺めた。
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