小説その2

□ねこの森には帰れない 〜雲雀さん風邪をひく〜
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「すいません、沢田さん。ぶしつけにお呼び出しして申し訳ありません…。」
「いいえっ、良くぞお知らせしてくれました!! 草壁さん、本当に有難うございます!!」
困ったような顔でオレを出迎えてくれた草壁さんに、思わず両手で握手してしまった。それくらいありがたいと思ったんだ。
「でも熱だしているのにお酒飲んじゃうって、一体なにが…。」

そもそもヒバリさんはお酒があまり好きではない。
まだ日本酒や梅酒なんかは嫌そうにちびちび口にしたりするが、洋酒となるとオレが散々頼み込んで拝み倒さないと口にしてくれないくらいだ。

「はぁ、それがですね……。」
草壁さんの言明によると、なんでも最近入ったヒバリさんお気に入りの料理人の青年が玉子酒を作って飲ませてしまったらしい。
ヒバリさんも風邪が早く治る薬だと信じて疑っていなかったらしく、少しは飲める日本酒割りだったこともあり一気飲みしてしまったとか。
「彼は良かれと思って勧めたらしいんですが、なんせ雲雀は酒を飲むと…。」
はぁ、と草壁さんがため息をついた。
「そのまま寝てくれたら言うこと無かったのですが、昨日の夕方からずっと寝ていたので妙に目が冴えているらしくてですね…。ふらふらと歩き回ってはそこらじゅうの職員に絡みまくるもんで、今現在雲雀は寝所に押し込めて閉じ込めております。」
「ぶっ…。閉じ込めてって……。そんなに酔っちゃってるんですか。」
「はぁ。そのー。あの雲雀の姿はあまり人前に晒さないほうがいいかと。妙な気を起こす輩も出てきそうというか、ぶっちゃけますと既に何人か骨抜きにされてしまっているようでして…。」
汗を拭きながら草壁さんが苦笑いを浮かべた。
「雲雀はつい最近まで殆ど酒を飲んだことが無かったじゃないですか。正直あんなに酒癖が悪いとは知らない職員のほうが多いんですよ。」
あの人は変な所で律儀というかなんというか『未成年が酒を飲むものじゃない』と頑なに飲まなかったからなぁ。ついこの間成人したとはいえ、今でもオレが酒を勧めるとすごくいやな顔をされるんだよね。

本当に、あの人がお酒を口にするとあんなに可愛くなっちゃうなんて、普段のヒバリさんからは想像もつかないだろうなぁ。



渡り廊下からヒバリさんの部屋に行こうとして、びっくりした。
廊下に着物を入れる衣装箱らしきものが置いてあるのだ。
通路を塞いでいるつもりなのかもしれないが…。この衣装箱、がんばれば跨いで通れてしまうんですけど。
それにこんなことをしても縁側からガラス戸を開ければすぐ外に出れてしまうし、そのまま中庭伝いにこっちに来れそうなものなんだけど。

オレは物言いたげに草壁さんを振り返ったけれど、彼は静かに首を振った。
「いいんですよ、これで。今の雲雀は障害物をおいておくだけで、もう通る気を無くすもので。」
わざわざ外の扉を開けたり、跨いだりしてまで部屋から出る気は無いらしい。

「それでは、こちらが風邪薬と水です。何か欲しいものがあれば内線で連絡くださればここまでは持ってきますので受け取ってください。では雲雀のこと、よろしくお願いしますね。」
草壁さんはそう言って一礼して去っていった。
ここからはオレ以外立ち入り禁止ということらしい。

大変結構。

オレは衣装箱をよっこいせと乗り越え、わざと足音をたてながらヒバリさんの部屋に近づいて、障子をからりと開けて中に入った。
「ヒバリさ〜ん、お加減どうですか?」
「…ぅん?」

オレの掛け声に振り返ったヒバリさんを見て―――あぁぁやっぱりぃぃ! と心の中で絶叫した。
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