小説その2

□想紫苑(おもわれしおん)
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赤ん坊としばらく事務的なやり取りを交わして用事を済ませた僕は、速やかに屋敷を後にしようとした。
「まぁ、そう急くな、ヒバリ。お茶くらい付き合え」


ちゃんとメシを食っているのか、と聞かれたから、食べていると答えた。
ちゃんと寝ているのか、と聞かれたから、睡眠はとってるよと答えた。
そんなの、基本中の基本だ。体調を崩したら仕事に差し支えるじゃないか。
僕がそんなへまをするとでも思っているんだろうか。

なのに、赤ん坊の顔はどんどん険しくなっていって……


「わかったよ。お付き合いさせてもらうよ」
なんとなく居たたまれなさを感じて、早口でそう言うと、ふっと彼の口元が綻んだ。

丁度図ったように扉が開いて、山本がワゴンを押して入ってきた。
「ごめんな、急いだから本当に簡単なもんになっちまってさ。夕食っていうよりも夜食みてーになっちまった」
「いや、構わん。充分ありがてぇぞ山本」

緑茶のいい香りと、炊きたてのお米の匂いが漂ってきて、僕は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
――あぁ、ちゃんと食べ物の匂いがするなんて、どれだけぶりなんだろう…?
そういえばここ数日、自分が何を食べていたのか殆ど記憶に無いな。
生命維持のために食べてはいるんだけれど、どれもこれも味も匂いも殆どしなかったような気がする。

「爆弾おにぎりみてーになっちまったけど、丁度炊きたてだったからほかほかおにぎりできたぜー。これなら急いでるなら歩きながらでも食えるだろ、ほら」
ほいっとおにぎりを一つ手渡されて、無言で一口齧ってみた。

「……美味しい」
気がついたら素直な感想が口から零れ落ちていた。
「そりゃ良かった」
山本はにかっと笑って緑茶の入った湯のみを手渡してきた。
赤ん坊はエスプレッソ片手にサンドイッチを摘んでいる。


「ツナは、今日は帰らねーぞ」
唐突に赤ん坊がそう言った。
「出張で深夜に出発予定だから、もう少ししたら叩き起こすことになってる」
「…そう」
僕は指についた米粒を舐めながら答えた。
無意識に物欲しそうな顔つきをしていたのだろうか、すかさず山本が二つ目のおにぎりを手渡してくれる。
「できるだけ、ぎりぎりまで寝かせてあげてよ。…疲れてるみたいだから」
「あぁ、そうする。……さっき、随分と長い間、ツナの顔見てたな、ヒバリ」
「え? そう?」
あんまり覚えが無いな。
僕はそんなに長い間、綱吉の顔を見ていたかな?

赤ん坊がボルサリーノをくいっと指で押し上げながら、僕のほうを複雑な顔つきで見つめた。
何か言いたくて仕方ないけど、無理やり呑み込んでいる―――そんな不思議な表情だった。
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