小説その2

□勿忘縷紅(わすれなるこう)
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「ははは、ヒバード、ヒバリの相手サンキューな。はい、ごめんなー。おなか減っただろ?」
山本はそう言って小鳥にパンくずを投げてやりながら、するりとヒバリさんの横に座った。同じカウチの上、殆ど抱き寄せるような格好で身を寄せている。


ちょっと。いくらなんでもくっ付きすぎなんじゃ……


オレがかなりムっとしながら見ていると、山本がカップを手に取ってスプーンをぐるぐると回した。
どうやらポタージュスープが入っているみたいだ。
ふーふーと息を吹きかけて少し冷ましたスプーンを、ヒバリさんのほうへと近づけている。
「ん。ちょうど良さそう。ほらヒバリ、あ〜んして」


えぇ!? 今何て言った!?
『あ〜ん』って、あの『あ〜ん』ですか!?


ヒバリさんは怒り出すことも無く、素直に山本に向かって口を開いた。
絶妙なタイミングでスプーンが差し込まれて、ヒバリさんの目が満足そうに細められる。
「……うん、なかなかいいね」
「良かった〜。昨日のはイマイチ気に入らなかったみてーだから、今日はどうかと思ってドキドキしちまったぜ」
「昨日のも、ちゃんと飲んだよ?」
「うんうん、でもあんまし好きじゃなかったろ? どうせなら美味しいなって思って食ってもらいてーからさ」
「ふぅん」

ヒバリさんは気のなさそうな返事をしていたけれど、オレには分かった。
ヒバリさん、今…結構機嫌がいいんだ。
今までならたとえ同僚で付き合いの長い山本でさえも、ある一定の距離を置かないとぴりぴりしていたのに。
今は何故だか、あれだけ山本が密着してもかなりリラックスしているみたいだ。
そんなに山本の持ってきた食事がお気に召したんだろうか。


オレはなんだか居たたまれなくなって、早足で二人に駆け寄っていった。
「ヒバリさん! 山本!」
そう声をかけると、二人は驚いたようにこちらを振り返ったが、山本はすぐににかっと嬉しそうに笑って「ツナ! 帰ってきたんだ」とぶんぶんと手を振ってきた。

反面、ヒバリさんは眉をひそめてこちらを睨んできた。

……あ、かなりご機嫌が悪くなってしまったみたいだ。
やっぱり怪我して入院したのに、すぐにオレが駆けつけなかったのを怒っているのかな。
オレはヒバリさんが嫌そうな顔をしているのを、そういう理由だと思った。

―――そうだと、勝手に思い込んでしまった。


「良かったぜ、ツナ。すぐ帰ってこれねーっていうからすっげー心配してたんだ。獄寺が一緒だからまぁ安心っちゃ安心だけどさー」
「ありがと、山本」
オレは軽く山本の手を握ると、ヒバリさんのほうにすぐ向き直った。
「ごめんなさい、ヒバリさん。怪我して入院したって聞いたときには本当にびっくりしました。でもヒバリさんなら大丈夫かなって思ってたんで…。もう退院できたんですね、良かったです。でも、どうしてここボンゴレに…?」
オレの言葉にも、ヒバリさんは機嫌悪そうな目つきで睨むばかりで、全然返事をしてくれない。

無言のヒバリさんに代わって、山本が慌てて口を開いた。
「あっ、あのさぁツナ、ひょっとして財団のほうには寄らなかったんだ? こっちに直接来たのか?」
「え? う、うん。ヒバリさんまだ入院してるかと思ってさ、こっちで病院の場所聞いてから向かうつもりだったから財団のほうには寄ってないんだけど、何か……?」
そう言うと、なぜか山本は困ったような顔をしてオレとヒバリさんの顔を交互に見やった。

「あ、えと、えと、ヒバリ……! ほら、待ちに待った『恋・人・の・ツナ』が帰ってきたんだぞ。もーちょっと嬉しそうに……なぁ?」
山本は何故か『恋人』を異様に強調しながら、オロオロとヒバリさんに話しかけたけれど、
「………知らない」
ヒバリさんはそう言うと、ツンとそっぽを向いてしまった。

「ねぇ、それよりも早くごはん食べさせてよ。僕おなかすいた」
ヒバリさんは左手でくいくいっと山本の服の袖を引っ張って催促した。


……なんだかそれが、山本に甘えているような仕草に見えて―――口にはださなかったけれど、かなりムっときた。

ヒバリさんはオレの恋人! なんだぞ!!

いや、ヒバリさんは今利き手を怪我しているし、山本が食べさせてあげるのも仕方が無いことだよな。
……でも、利き手が使えないなら、左手でも食べられるサンドイッチとかおにぎりとかにすればいいのに!


山本は「ちょっとだけ、待っててな、な? ヒバリ」と言うと、オレの方に向き直った。
「なぁツナ、今日はヒバリに付いててやれんだろ? ツナがこれ、食わせてやってくれよ」
「えっ……、そ、そりゃ、オレだってそうしたいけどさ…」
オレはぼそぼそと言い訳をしながら口ごもった。

実はどうしても外せない書類チェックと、その後にまた出張が控えてるんだよね……。
病院の場所を聞いたら、移動中に書類に目を通してから見舞いするつもりだった、とか言ったらさすがにいい気がしないだろうから黙っておく。

俯いてため息を付いた後、顔を上げてみると……ヒバリさんが山本の服を掴んだまま、拗ねたような顔をしているのが目に入った。
「どうしてきみが食べさせてくれないの!」
「いや、だから『恋人の』ツナが帰ってきたんだから、ツナに食べさせてもらったほうが……」
ワガママをいうヒバリさんに、山本は困り果てているようだった。
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