小説その2

□薫風薊(くんぷうあざみ)
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それ以降、雲雀がボンゴレ館に来ることは滅多に無くなってしまった。
当然、ツナを担いで風紀財団に連れ帰る姿も見かけなくなった。

その代わり、どうやら週に一度の約束を律儀に守って、ツナが帰ろうが帰るまいが、意地でも自分は『家』でじっと待つようになったらしい。
その週に一度の『約束』の曜日の夜には、どんなことがあっても雲雀を家から動かすことはできなくなってしまった。(週に一度のほうはどうにか動かせるときもあるのだが、月に一度の約束の日はもう、梃子でも動きやがらねぇ)


そんなわけでツナは雲雀のことを最近とみに完全放置ぎみになってきていて、雲雀は雲雀でめっきり口数が少なくなってきてしまった。
以前から感情の起伏が分かりにくいやつだったが、感情自体が無くなってきちまってるんじゃねーかとちょっと心配になってきている。

雲雀はイタリアに来るときに、側近の草壁を並盛に置いてきてしまった。
なので、今彼の身の回りの世話をこまごまとしてくれるヤツはだれもいない。
他の者が世話しようとすると、雲雀が我慢できずに咬み殺してしまうからだ。


それを見かねて、何とかしたいというそぶりを見せた馬鹿がいた。
俺の『弟子』の山本だ。

俺はこいつにも散々悩まされている。
弟子としての器量は申し分ねぇ。むしろ優秀な弟子を持てて誇りに思うくらいだ。

反面、どうにもコイツは底抜けのお人よしというか、鈍すぎて哀れというか…。

雲雀とツナが付き合いだしたとき、一番喜んで祝福したのはこいつ、山本だ。
「本当に良かったな、ツナ! ヒバリと両思いになれてさ。俺、どっちのことも好きだからとっても嬉しいぜー。」
山本は満面の笑みを浮かべながら、ツナの背中をバシバシと叩いていた。
ツナは顔を真っ赤にしてもじもじしながら、それでも嬉しそうによく山本に惚気としか思えない話を熱心にしていた。

獄寺は二言目には『十代目のほうがずっとお可愛らしいです!』『十代目のほうがずっとお強いです!』だし、笹川の兄に恋話をしても『極限だー!』で片付けられてしまうし、骸は『そうですか…クフフ…クフフフ…』と不気味な笑いを漏らすのみだし、ランボはガキな上にナルシストだし……要するにツナもまともに雲雀の話が出来る相手が山本しか居なかったようなのだが。

とにかくツナは山本に、『えっ、そんなコトまで言っちゃいますかそうですか』というようなことまでペラペラと喋り倒していたようだ。

山本は、いつもにこにこと嬉しそうにツナの惚気話を聞いていた。
お人よしにも程がある、こいつ本物の馬鹿なんじゃねーかと俺は思っていたが、藪をつついて蛇を出す気も無かったから―――ただ、黙って見ていた。



今晩は久々に仕事も一段落して、ツナも家に帰れるだろう……というある日のこと。
俺と山本はペアで仕事に出ていた。
仕事自体は大したことも無い、ちょいとしたお遊び程度のものだったから、俺たちはさして時間も掛からずに屋敷に戻ってきた。

「あれ………ヒバリ?」
山本が、ふと足を止めてサロンの中を覗き込んだ。
ソファーの前に蹲っている雲雀の後姿を見て、ちょっと驚いた顔をしている。
「あぁ、俺が呼んだ。どうしても火急の用があったからな。」
今日は月に一度の雲雀が梃子でも動かない日なのだが、時間が早ければ雲雀は俺の招集ならば応じてくれる。
勿論用が済めば脱兎のごとく帰られてしまうのだが。
「そうなんだ? でもヒバリ、何してんだ?」
山本はサロンの中を伸び上がるようにして覗き込んだ。

サロンの中はちょっと滑稽な光景が広がっていた。
匂いだけで大方予想は付いたが、どうやらここで酒宴が繰り広げられたらしく、俺のもう一人の生徒であるキャバッローネのへなちょこボスやその部下たちが転々と転がっていた。
脇には背広姿のまま潰れている獄寺が見えるし、サロンの奥ではボンゴレの若手の部下たちが折り重なって寝こけている。
そして、雲雀が跪いている前のソファーには、ツナがだらしない顔をして半分ずり落ちながら沈んでいた。

確かへなちょこたちは別件で駆けずり回っていたはずだが、どうやらたまたま目処が付いたところで、ボンゴレの連中も同じようにひと段落がついたので、盛り上がって酒池肉林を繰り広げたようだ。


ダメツナめ。
俺はため息をついて首を緩く振った。
偶に早く帰れそうな日くらい、こういう誘いは断って家にとっとと帰ればいいのに。
まぁしかしツナの性格上、断るのは至難の業だろうな。
以前ならこんな状態のツナを見つけたら、雲雀があっというまに担ぎ上げて家に連れ帰っていたものなのだが……
ツナの顔を見下ろしている雲雀は、ただじっと彼の顔を見つめていた。
少し首を傾げた拍子に、雲雀の横顔が見えた。
猫のようなアーモンドの瞳が愛おしそうにツナを見下ろしている。あまりにも朧げで、消えて無くなりそうな姿だった。


俺と山本は無言で顔を見合わせて、目でやりとりを交わした。
山本は逡巡するように視線を俺と雲雀の間に彷徨わせたあと、思い切ったようにサロンに足を踏み入れてずかずかと雲雀に近づいていった。
いつもなら無意識にでも人の気配には敏感な雲雀なのに、山本が近づくのにも全く反応する気配がない。
ぽん、と山本が雲雀の肩を叩いた。
びくっと反応するのかと思いきや、雲雀はぼんやりした顔をしてゆっくりと振り向いて、二、三度瞬きを繰り返した。

肩を叩いたほうの山本の身体が、揺れた。
驚いたように息を飲んで、何度か乾いた唇を舐めていた。

山本はその後、何かを吹っ切るように一人で喋り続けていた。
雲雀は―――雲雀は、まるで心ここにあらずという感じでぼんやりしたまま適当に相槌を打っていた。
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