小説その2

□憧桜(あこがれさくら)
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初の共同の仕事の成果はまずまずだった。

ヒバリは案外と俺と組むのは悪くないと思ってくれたらしく、以後の調査に殆ど俺を指名して組んでくれるようになった。
自然と会話をする機会も増え、なんとは無しに「今日は鍋でも食べたいな〜」という話が出た時に、俺は思い切って
「なぁ、俺が鍋の用意してご馳走するからさ、あんたの屋敷、行っても良いか?」と聞いてみた。
基本的にヒバリはボンゴレの本部に留まるのが嫌みたいで、俺の部屋に誘ったところでまず首を縦に振らないのは分かっていたけれど、自分のテリトリーに他人を入れるのも嫌がるから、多分駄目だろうなぁと思っていた。
ところが、彼はしばらく首をかしげて逡巡したあと、やがてこくりと頷いたのだ。
「いいよ。土鍋も何も無いけど、IHコンロはあるから使ってくれても構わない」
俺は小躍りして喜んだ。

もちろん、ボンゴレにはたくさんの仲間がいるし、ちょっと前ならば獄寺やツナなんかも一緒にご飯を食べたりすることがあったのだが、今は誰も彼もが時間に追われて走り回っていることが多く、一生懸命料理を作っても振舞う相手が居なかった。
料理が趣味兼息抜きの俺は、そのために作った料理を一人でもそもそ食べることが多くなっていて……正直げんなりしていたのだ。

そういうこともあって、勢い込んで両手いっぱいに材料を抱え、背中に土鍋を背負って地下通路を歩いてきた俺を見て、ヒバリは呆れたように鼻を鳴らした。
「何その大荷物。まるで引越しでもするみたいだね」
「はははー、あれもこれもって欲張ってたらこんな事になったのな。でもコンロがあるってことだから助かったぜ! それも運んでくるってなったら、頭の上にでもくくり付けねーともう持てないからさ」
と言うと、目を見開いて俺の頭上に視線をちらりと寄こしたあとに、くすりと笑われた。

料理を作らせて貰うといっても、俺は部外者の赤の他人だから、まさかヒバリがツナと暮らしている『家』に入れてくれるとは思っていなかった。
多分地上の財団の屋敷の一角に案内されると思っていた俺は、だからヒバリが地下の『家』に案内してくれたとき、思わず入るのをためらってしまった。
「なに? 地下は息が詰まるとか言うわけ? 地下だけれど庭もあるし、そんなに閉鎖的でも無いよ? それともきみ、廊下で料理作るのが趣味なの?」
怪訝そうな顔をされて、慌てて首をブンブンと振る。
「いや、そ、そんなことねーけど! その……俺なんかが、お邪魔しちゃって、その〜、いいのか?」
「何を今更。僕がいいよって言ったんだから、良いんだよ」
「じゃ、お、お邪魔します……」

恐る恐る入ってみて、驚いた。
そこはかなり広い居住スペースになっていて、広々とした高級マンションの家族用の一室よりもまだ余裕がありそうな場所だった。
ツナとヒバリの居るところしか無いような場所なのかと思っていたら、なんと二階までしつらえてあって、客間はいくつもあるし、お風呂、トイレ、キッチンなどもきちんと2つずつ付いてるそうだ。
完全に家族仕様、且つお客様を複数もてなす用のつくりだ。

「これって……?」
俺がびっくりして家の中を見回していたら、ヒバリが苦笑した。
「…あの子が、こういう家を持ちたがったから。僕は必要ないと思ったんだけれど、まぁ大は小を兼ねるっていうし、別に反対する理由も無かったからね」
社交的なツナらしいといえばツナらしいな。
ツナがここに人を呼びたいといえば、きっとヒバリは口では文句を言いつつも最終的には許すだろうから。

ヒバリの瞳が一瞬細められて、ゆらゆらと揺れた。
「……結局、殆どの部屋が一度も使われていないんだけれど」

そこは不思議なほど、生活感のない家だった。

ツナと一緒に暮らすために作られた『家』だけれど、最近そのツナがここに寄り付くことは滅多に無い。
ツナもとてもそれを気にしていて良く愚痴を漏らしていたけれど、仕事なんだからどうしようもないと半ば諦めの境地に達しているようだった。

「えっと、そんで台所、どっち?」
「一階のを使って。部屋でも何でも自由にしていいよ」
――僕は二階しか使わないから。
ヒバリはそうぽつりと呟いて、ふいっと視線を外した。


俺は黙々と鍋の準備をした。
今日の鍋は丁寧に出汁をとって作った豆乳鍋だ。
「ヒバリー! 出来たぜ、こっち来いよ」
ヒバリはまるで野生動物が警戒するような雰囲気で、上目遣いに俺を睨みつけつつそろそろと近づいてきた。
「…なに、これ?」
「豆乳鍋だぜ? まろやかで結構好きなんだよな、俺。それと特製のつみれ。これ、鳥じゃなくてブタで作ってるんだぜ。まぁ一口食べてみろよ」
俺はにかっと笑いつつ、お玉で鍋の中身をよそって手渡した。
ヒバリは物珍しそうに土鍋と皿の中身を見た後、「…いただきます」と綺麗な声で呟いて手を合わせた。
それからしばらく彼は優雅な手つきで箸を動かした。流れるようなその美しい箸の動きが、鍋を気に入ってくれたことを俺に教えてくれる。
俺は安堵のため息をつくと、自分の皿に箸をつけた。

後で気がついたのだが、ヒバリは他人と一緒に鍋を囲んだことなど殆ど無いのではないだろうか。
ひょっとしたらツナと二人でやったことがあるのかもしれないが、確かツナは稀に見る料理音痴だったし、ヒバリも今の食生活を鑑みるに料理など出来そうに無い。
多分会席膳などに付いている一人鍋は経験があるだろうが、こうやって複数で同じ鍋をつつくのは、俺とが初めてなのかもしれない。
なんだかそう思うと、ツナに申し訳なかったような、ちょっぴり嬉しいような、複雑な気持ちになった。


台所で後片付けをしていると、ヒバリが後ろから俺の作業の様子をじっと見ている。
興味津々らしく痛いほどの視線を感じて、俺は振り返ってニカッと笑ってやった。
「今日の鍋な、ツナもお気に入りなんだぜ? 案外簡単にできるから、作り方覚えるか?」
ぴく、とヒバリの身体が揺れた。
「綱吉の、お気に入り?」
「おう、尤も、あいつ何でも美味しい美味しいって言ってくれるから、別にこれじゃなくても他のもんでも何でも喜んで……」
「覚える」
答えは簡潔で、迷いが無かった。
「覚えるから、他のも全部、教えて」





後から思い返してみると、それは不思議なほど楽しくて印象的な日々だった、と思う。

ヒバリと世界中の匣や指輪の調査発掘に行き、暇が出来れば二人で料理の練習。
共通の話題は、いつもツナのことで。
殆どは俺が機嫌よく喋り続けるのを、ヒバリはただ黙って聞いていた。
けれど段々とヒバリの顔に、仄かな笑顔が浮かぶことが多くなって来て。
まるで空に浮かんだ星座の煌きのように、その情景は俺の心にきらきらと刻み込まれていった。

ヒバリとツナの家に、少しずつだが俺が持ち込むものが増えだした。
その殆どが調味料だったり、鍋だったりと調理関係のものだったが、たまに日本のスポーツ雑誌だとか、奇妙な柄のクッションだとか、ヒバリが転寝しているときに掛けてあげる用のブランケットだとか。
まるで生活感の無かった彼らの家が、少しずつだが温もりを帯びてきたような気が、した。

ツナは確かに忙しいけれど、それでもたまにならヒバリの元に帰れるときもあるだろう。
その時はきっとヒバリが覚えたての料理の腕を奮って、ツナと二人で食べるんだろう。
転寝をするヒバリに、ツナがブランケットを掛けてあげて、そして二人で寄り添って眠るんだろう。

ヒバリの瞳にも力が戻り、体調も元に戻りつつあった。まだまだ簡単なものしかできなかったが、料理を自分でするようになったことが功を奏しているらしい。
相変わらず夜はあまり寝れていないようだが、それもそのうち解消するのではないかと思われた。
リボーンも「もう大丈夫だな、ヒバリも、そして山本、お前もな」と満足そうだった。
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