小説その2

□憧山茶花(あこがれさざんか)
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憧桜(あこがれさくら)の続きっぽいかんじ。もっさん独白



ヒバリが、怪我をした。
俺と組んでの仕事の最中、俺の不注意から起こった事故での出来事だった。





暴発した匣のせいで一瞬動けなかった俺をとっさに庇ったヒバリが、倒壊した建物に巻き込まれて崖下に落下したのだ。

世界が、終わったかと思った。

それから後のことはもう、頭の中が真っ白というか真っ暗というか―――とにかく叩き込まれたマニュアルどおりに機械的に動きました、みたいな感じで。
気がついたら俺は病院の手術室の前で呆然と座り込んでいた。


ヒバリは右腕と両足を骨折、頭を打って意識不明の状態だった。
俺のほうはというと、軽いうち身や擦り傷だけで、ほとんと無傷といっていい。
ヒバリが庇ってくれたから。

本当にとっさのことで、考えている暇も何も無い状況だった。
ごく自然に身体が動いてしまったみたいで、意図して庇ってくれたわけでは無いのが分かるだけに、それが余計に俺を苦しくさせる。
怪我して横たわっているのは俺のはずだった。注意を怠った自分が悪いんだから、当然のことなのに。

ヒバリ、ヒバリ、ヒバリ。あんたにもしものことがあったら、俺はどうすりゃいいんだ?



手術は問題無く終わった。
両足と利き腕を骨折しているので暫く生活に不便は感じるだろうが、後遺症の心配は無いだろうということだった。
危惧していた脳内出血も無いらしく、目覚めさえすれば問題ないらしい。
命に別状は無い。そう言われて、俺がどれだけ安堵したことか。
その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて、信じてもいない神に感謝した。

特別室のベッドの上で眠るヒバリの姿を見つめながら、俺は側に座ってただひたすらヒバリの意識が戻るのを待った。

連絡――そういえば、俺は本部や風紀財団に、連絡、したっけな?
調査の仕事に向かうときは、必ず事前に不慮の事態が起こった場合の受け入れ先や連絡方法を取り決めているので、既に病院から連絡は入ってるとは思うのだが…。
俺はふらふらと部屋を出て廊下の端までたどり着くと、震える指で携帯の電源を入れた。





一体どのくらい経っただろうか。
透けるように青白い顔をしたヒバリの瞼が、ぴくりと動いた。
「……ヒバリ?」
俺は息を飲み、毛布を掴んでヒバリの顔を覗き込んだ。
うっすらと開かれた瞳は、暗い色をしていて全く焦点があっていない。
しばらくぼんやりとしていた彼は、何度も瞳を瞬かせてやがて大きなため息をついた。

―――ヒバリの意識が、戻った。
俺はもう、わーっと叫んでそこらじゅうを走り回りたいような気持ちが膨らんで、今にも身体が爆発するんじゃないかと思った。
でも当然病室でそんな真似できるわけも無いから、震える唇を何度もかみ締めて、とりあえずはバカの一つ覚えみたいに「…ヒバリ?」と彼の名前を呼んでみた。

おかしいな。大声で叫んだつもりだったのに、変に掠れたみっともない声しか上がらないなんて。
目の前がじわり、とやけに滲んで見えた。

俺の呼びかけに、彼は不思議そうな顔をして俺のほうへと僅かに顔を傾けた。

そして何度も瞬きをして暫く俺の顔をじっと見た後、ふわりと微笑むと
「きみ、来れたんだ?」と呟いた。

「………? お、おう?」
意味がよくわからなくて、俺はちょっと首を傾げたけれど、そんなことよりもヒバリの意識が戻ったことのほうが嬉しくて―――俺はしっかりと両手でヒバリの左手を掴んで、笑おうとして……失敗した。
安心して気が抜けたのか、目の前がぼやけてぽたぽた涙が零れてしまう。
みっともねぇなぁ、と思ったけれど、頬を拭うためにヒバリの手を離すのがいやで、俺はそのまま情けない面を晒し続けた。

「なにその変な泣き顔」
くすくす…とまた微笑んだ次の瞬間、ヒバリの顔が苦しげに歪み、ぐうっと身体がくの字に曲げられる。
「ヒ、ヒバリ! 大丈夫か!? 苦しいのか!? お、おい!」
ヒバリは苦しげな様子のまま、掠れた声で訴えてきた。
「………吐く」
告げたとほぼ同時に、彼は吐いて吐いて吐きまくった。殆ど胃の中はからっぽな状態なのに、吐き気だけが絶え間なくこみ上げてくるようで、相当苦しそうだ。
頭を打ったあとは強烈な吐き気に見舞われることがあると、あらかじめ聞いていて助かった。
間一髪差し出すのに間に合った洗面器を支えながら、俺は吐き続けるヒバリの背中をずっと撫でさすった。


やっと落ち着いてきた後水を少し飲んで、ヒバリはまた瞳を閉じてしまった。
しかし今度は意識が無いわけではなく単に眠りについただけのようで、規則正しい寝息が聞こえてくる。

俺ははぁっと安堵のため息を漏らした。
ヒバリが極端に嫌がるので、病室には看護婦や医者も極力立ち入らないようになっていて、付き添っているのは俺一人。
頭を打っていたから、かなり心配したけれど……。
とりあえず良かった。本当に良かった。
付き添い用のベッドが用意されていたけれど、とても眠る気になれなかった。
ヒバリの側に腰をかけて、ずっと彼の寝顔を見つめていた。

―――ツナにも、頼まれたしな。

俺は大いにテンパって、セキュリティコードを連打して緊急回線でツナに連絡を取ってしまっていた。
命に別状が無いんだから、連絡はボンゴレ本部に任せるべきだったかもしれないが、やってしまったものはもうどうしようもない。
彼が今出かけているのは、電波状況の極めて悪い未開の地で。
ツナのほうもかなり危険な状態だったらしく、殆ど会話らしい会話も出来なかった。

ただ「オレの代わりに付いてて」という言葉だけが、はっきりと聞こえた。





そっと優しく髪を撫でられたような気がして、俺はもぞりと身じろぎした。
くすくすくす。
耳に優しい忍び笑いが聞こえてくる。

「間抜けな寝顔。情けないったら」
額に掛かった前髪を掻き揚げられて、その後ツンツン引っ張られた。
「……う〜〜〜?」
俺は寝ぼけ眼のまま唸り声を上げたけれど、髪をいじる手は止まらない。
「ん〜〜、なんだぁ? ………って、ヒバリ!」
俺は慌ててがばっと飛び起きた。

「おはよう」
目の前のヒバリが落ち着き払ってそう言って、ふわりと微笑んだ。
最近良く目にするようになった、優しいやさしい笑顔だった。

―――あぁ、良かった。いつものヒバリだ。
俺はまた目頭が熱くなってきて、多分とてつもなく変な表情を浮かべていたのだろう。
ヒバリに、また、くすくす笑われた。
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