小説その2

□憧菫(あこがれすみれ)
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憧山茶花(あこがれさざんか)のつづき




風紀財団とボンゴレ本部の話し合いで(正確には草壁さんとリボーンが電話で話しあっただけだが)俺はしばらくヒバリの付き添いを認められた。
ツナに「代わりについてて」と頼まれたというのもあり、ヒバリが俺以外の人が付くのを極端にいやがったというのもあって、頑張って頼み込んだのだ。

「かまわねーが、仕事を疎かにしてもらっちゃ困るぜ?」
とリボーンに電話越しに釘を刺されたので、俺は通いでボンゴレに仕事をしに行くことにした。
風紀財団との外回りの仕事は当分無いだろうが、それでも内部の仕事はそれなりの量があったのだ。
草壁さんは暫く日本に帰らずにイタリアに留まるということだったので、俺が付き添えないときは草壁さんに頼むということで話はついた。

風紀財団に帰ってきたヒバリは、待ち構えていたヒバードに大歓迎を受けていた。
小さな鳥はヒバリに会えて嬉しくて仕方が無いのか、ずっと彼の名前を囀りながら纏わり付いていた。
ヒバリはただ愛おしそうに瞳を眇めて、小鳥を手に止まらせたり肩に乗せたりするのに夢中になった。

その間に、俺と草壁さんは色々準備をしに屋敷の奥へと向かった。

いつもは地下の家にお邪魔しているので、風紀財団のお屋敷の台所は初めてだった。
ひととおりのキッチン用品はそろっているものの、冷蔵庫の中はほとんどからっぽで、ミネラルウオーターとビールくらいしか見当たらない。
俺はざっと検分すると、これじゃどうしようもないなと地下の家から色々持って来ることにした。
草壁さんにも応援を頼んで、地下に食材や調味料や鍋なんかを取りに行く。
地下の家の冷蔵庫には、日持ちのする食材をたくさんいれてある。
二人でそれを両手にいっぱい持ちかえったお陰で、満足のいく食事が作れそうだった。

「山本さん、随分手馴れておいでのようですが…?」
と草壁さんに聞かれたので
「あぁ、俺よくヒバリの地下の家に押しかけて飯一緒に食ってたんで」というと、一瞬瞳を見開かれて
「………そうですか。あの恭さんがそこまで。だからなんですね……」となにやら得心したように何度も頷いていた。

一旦ヒバリの様子を見に行くと、相変わらず小鳥と遊んではいたのだが
「…ちょっと、どこ行ってたの」とムスッとした顔をされた。
無断でしばらく放置されたのがお気に召さなかったらしい。
「ごめんごめん、地下の家に食材取りに行ってたのな。今から飯つくるから、もうちょっと待ってて」
俺はそう言ってからヒバリの頭をぽんぽんと撫でると、また台所に引っ込もうとした。
くいっと服の裾が引っ張られて、何事かと後ろを振り返ってみると、ヒバリが拗ねたように口を尖らせて俺を見上げている。
「……僕も、行く」
「あ〜? でもヒバリ、台所じゃゆっくり休めないだろ?」
「台所の続き間のところに、寝椅子がある。そこでいい」
「そうなのか? じゃあちょっと確認してくるな」
そんなところあったっけ? というのが俺の感想。

俺の服を握りこんでいるヒバリの指にそっと手を乗せて、離そうとしたんだけれど…。
彼は何故かぎゅうっと握ったまま離そうとしてくれない。
「ヒバリ? どしたー? ちょこっと寝椅子ってどんなのか見てくるから、離してくれよ、なっ?」
ヒバリは相変わらずムスッとした顔で俺の服を掴んでいたが、左手で俺の腰をぐいっと引き寄せ、ぴとっと寄りかかるようにくっ付いてきた。

「…ヒバリ? 気持ち悪くなっちゃったのか?」
病院からの移動が、ことのほか堪えたのかもしれない。
俺はゆっくりとヒバリの頭を撫で付けて、背中を軽くぽんぽんと叩いてやった。

ヒバリは病院でも、熱を出したり気分が悪くなるとこうやって俺に甘えるように密着してくることがあった。
本当に甘えているわけでは無いのだろうが、一度やってみたら通常よりも楽になるのが早かったらしい。
ヒバリにとってはあくまでも早期回復のための手段だろうこの行為を、俺は密かに楽しみにしていた。

だってあのヒバリがだぜ? まるで無防備に瞳を閉じて俺に寄りかかってくるのだ。

しかも今日のヒバリは、ちょこんと頭の上に小鳥を乗せたまま俺に寄りかかっている。
黒い髪の毛の上に黄色のかたまりがモフっと乗っているのが妙に可愛らしい。

…本当に、可愛いなぁ。

とても普段あんなに傍若無人に好き勝手しているようには見えなくて、そこがまた庇護欲をそそられる。
可愛いと思うのと同時に、申し訳なさでもいっぱいになる。
怪我さえしなければ、ヒバリは今でも元気に遺跡を巡って飛び回っていたはずなのだ。
後からひょこひょこ付いていく俺を、思う存分蹴飛ばしたり、ぶん殴ったりしながら。


ヒバリの艶のある黒髪をずっといじったり撫で付けたりしていたところに、草壁さんがやって来て
「山本さん、それで献立のほうはいかがいたしま……………これは失礼!」
俺にしゃべりかけたかと思ったら、何故だか次の瞬間慌てて引っ込んでしまった。

「え? あー、草壁さーん。ちょっと申し訳ないけどお願いがー!」
俺が大声で呼ぶと、草壁さんは恐る恐るという風に台所の暖簾を掻き分けてこちらを伺った。
なんでそんなにおっかなびっくりなんだよ?
「台所の続き間にあるっていう寝椅子って、どんな感じが見てもらっていいですか?」
「あぁ、ね、寝椅子ですか? はぁ、そりゃ申し分ないつくりではありますが、それでも大の大人二人がというのは、ちょっと、かなり、いえ、無理が……」
草壁さんのしどろもどろの返答を聞いて、俺は訳が分からなくなって首を傾げてしまった。

大の大人二人がって、なんだ?

「そもそも恭さんはお怪我をなさってますから、とてもそんなコトは……」
尚もどもりながらブツブツ呟いている草壁さんを尻目に、俺はヒバリをそっと抱き上げてその『寝椅子』とやらに向かった。
『申し分ないつくり』らしいから、確かめてはいないけれどヒバリを寝かせても大丈夫なんだろう。

最初は慣れなくて失敗ばかりだった俺の看護も、病院でたっぷりレクチャーを受けたのもあって、今では堂に入ったものだった。
なにが気に入らないのかヒバリは車椅子も極端に嫌がったので、病院でも移動は殆ど俺が抱いて行っていた。
ヒバリのほうも慣れたもので、俺の首に左腕を回すと、出来るだけ楽になるような姿勢を自然に取っている。

なるほど寝椅子はかなりしっかりしたつくりで、ヒバリがゆったり寛いで過ごせるように見えた。
「ほら、んじゃあんたここでおとなしく待ってな……ってこらこら。くすぐってーから、それやめろってー」
ざり、とヒバリが俺の頬を舌で舐め上げて、そのまま耳たぶに緩く噛み付いてきた。

これも、最近のヒバリのお気に入りのお遊びだ。
どうにも退屈を持て余しているヒバリは、事あるごとに俺にいたずらを仕掛けてくる。
うん、そんなことで動じる俺じゃねーけどさ。

「ははは。もう降参、降参だってば。はい、おしまいなのなー」
俺はヒバリの可愛い攻撃を首を竦めて笑っていなすと、そっとその身体を寝椅子に横たえた。
「なんか食いてーもんあるならリクエスト聞いとくぜ?」
「なんでも。うんと美味しいもの」
「了解〜。んじゃちょっとだけ待っててな!」

俺が鼻歌を歌いながらシンクの前に戻ると、なぜか草壁さんが真っ赤になってウロウロとそのへんを彷徨っていた。
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