小説その2

□憧菫(あこがれすみれ)
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日本から取り寄せている白米を土鍋で炊いて、冷凍しておいたハンバーグを和風にアレンジ、あとは適当に肉じゃがや野菜スープなどを用意した。
足らないよりは余ったほうがいいや、とばかりに目いっぱい皿に盛りつける。
ヒバリが食べきらなかった分は、俺がきっちり始末をつけるつもりだった。

一応和風っぽくアレンジした食事に、ヒバリは嬉しそうに目を細めた。
「どう、ヒバリ。間に合わせのもんで悪いけど、明日は材料たくさん仕入れて、ちゃんとしたもん作るからな」
「うん、大丈夫。美味しいよ」
俺の差し出す箸を優雅な仕草で口に入れながら、ヒバリは満足そうなため息をついた。

寝椅子に寝そべったままのヒバリの背中には、見つけてきたクッションをありったけ突っ込んで傾斜をつけて居心地が良いように工夫していた。
それでも若干窮屈そうな様子のヒバリに、草壁さんが恐縮しながら
「あの、あちらの部屋に専用の介護ベッドを手配しておりますが…」と言ってきたのだが、ヒバリはじろっと草壁さんを睨み上げると
「……ここが、いい」そう言ってぷいっとあさっての方向を向いてしまった。

「あ〜〜。ヒバリ、そっちのほうが楽なんじゃね? 向こう行くか?」と俺が聞いても、ヒバリはただ首を振るばかり。
「いいからさっさと食べさせなよ」
「あ…うんうん、わかったのな」
目で暗に催促されて、俺は肉じゃがを箸で食べ易いように切ってヒバリの口元に持っていった。

最初は勝手が分からなくて零してばかりだった食事も、今では「次、何食べてぇ?」と聞かなくても何となく分かるようにまでなっていた。
ヒバリは右手こそ使えないけれど左手は無事なので、スプーンで食べられるようなものなら自力でも食べれないことは無いと思うのだが、俺の給仕を甘んじて受けている。
敢えて俺もそれを指摘しようとは思わなかった。
なんだかヒバリを餌付けしてるみたいで、俺の密かな楽しみにもなっていたからだ。
スプーンで食べられるものに拘るとメニューが限定されてしまうし、そうなるとヒバリも食べる楽しみが減ると思っているのかもしれない。

ヒバリの食べ方は丁寧で綺麗で、そして実に美味しそうに目を細めて食べてくれるので、作り甲斐もあるし食べさせ甲斐もあって本当に楽しい。
ヒバリの口に箸を運ぶ合間に、大きな口を開けて待っているヒバードの口にもパンくずや野菜くずを落としてやる。
彼らは俺のほうを期待いっぱいの目つきで見つめてきて、その様子がまるでひな鳥が揃って俺におねだりしているようで、ますます楽しくなってきた。

ヒバリは俺が食べさせると、ちょっと上を向いたまま一瞬だけ瞳を閉じる。
その仕草がとても可愛らしくてつい「ははは、可愛いのな〜」と思わず口に出してしまって、ヤベぇ! と思ったけれど
「…そうだね」とヒバリは小鳥のほうばかり気にしながら答えていた。


ヒバリが充分満足したのを確かめて、俺はお盆を下げた。
「ヒバリー、どうする? ベッド移動するかー?」
「いい。ここからきみが呑気に大口あけて食べるの、観察するよ」

台所のすぐ側だからちゃがちゃ煩くて嫌がるかと思ったんだけれど、ヒバリは俺たちの側に居たがった。
静かなほうが良いのかと思ったのに、やっぱり怪我して自由に動けなくて退屈なのかな。

「ほいほい、んじゃちょっと待っててなー」
律儀にヒバリが終わるまでじっと待っていてくれた草壁さんにお膳を用意してから、俺はヒバリの残りものの入った皿を自分の目の前に並べて箸をつけた。
なぜか草壁さんがぎょっとした顔をして見ていたが、俺は気にせずに食べ続けた。
うん、あり合わせで作ったにしては我ながら良く出来ている。
ずっと病院の味気ない食事ばかりだったから、久々のお米のご飯に食が進む進む。

ついでにビールを開けて、草壁さんと祝杯をあげた。
「ヒバリの退院を祝して! でもあんたはまだお酒、我慢なー」と俺が上機嫌でヒバリのほうを向くと
「……いい。元々いらない」と、ぷいっとそっぽを向かれた。
「ははは、そうだなー。ヒバリは下戸だから殆ど酒飲まなもんなー」
「下戸なんじゃない。単にビールはあまり好きじゃないだけだ」
「うんうん、ヒバリが全快したら、お祝いに良い日本酒手に入れるから楽しみにしててな」

そんな軽口を叩きあう俺たちの様子を、草壁さんは「あの恭さんが…こんなに成長なされて……」と何故か目頭を押さえながら見つめていた。
…俺と案外仲良く友達づきあいをしているヒバリが、そんなに珍しかったんだろうか。
まぁ、ヒバリは日本では本当にマイペースの一匹狼さんだったからな。


ヒバリに入浴用のプロテクターを装着させて、お風呂に入れる。
彼が密かに自宅での入浴を心待ちにしていたので、ギプスをしたままでも入浴できるように草壁さんに購入をお願いしておいたのだ。
病院では身体を拭くかシャワーで済ませていたので、ゆったりと日本式の浴槽に浸かれて彼はとてもご機嫌になった。

そのせいだろう、通常ではとても言わないようなことまで言ってきた。
「ねぇ、きみも入れば。いくらきみの図体がでかくたって、ここの湯船のほうが大きいよ」
「確かにそうだけどなー。だめだめ、あんたに何かあったときにすぐ動けないとな」
俺は浴槽の外からヒバリの身体を支えながら答えた。
「ちゃんと後から入るって。俺も楽しみだったしさ」
「ふぅん」
ちゃっかりヒバードは風呂場までついてきていて、ヒバリの頭の上で歌を歌っていた。
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