小説その2

□憧竜胆(あこがれりんどう)
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憧菫(あこがれすみれ)のつづき





翌日、草壁さんに『万が一ツナが尋ねてきたら宜しく』と重々お願いして家を出た。

ヒバードはしっかりヒバリの頭の上に陣取って、機嫌よさそうに歌を歌っていた。
このまま車の中まで付いてくるのかな、と思っていたら、すいっとどこかへ飛んでいってしまった。
それでもきっとヒバリの側を付かず離れずなんだろう、と俺は放置しておくことにした。日本でも殆どそんな感じだったからな。

お約束のようにヒバリが嫌がるので、車椅子は物陰に放置されたままで持って行くことは無かった。
車まで俺が抱き上げて、運転も俺が行い、そして車からボンゴレ屋敷までも俺が抱いて行った。
なんだか本当にヒバリ専用付き人になった気分だ。


ボンゴレの屋敷に行ってみると、東の奥の静かな角部屋を用意してくれていた。
ヒバリの群れ嫌いを考慮してくれたのと、俺の私室に程近いからだろう。
俺の私室には最新設備のキッチンが完備されているから、これにはかなり助かった。
これだけ近ければ、ヒバリに熱々で旨い料理をたくさん作ってやれる。

ただ、なにぶん昨晩急に俺が頼んだものだから、部屋の確保は出来ているものの、介護ベッドの搬入がまだの状態で「今日中には搬入致します」とのことだった。
部屋はかなり広いつくりで、仕事用の重厚な机や椅子、そしてソファーがあり、続き間のほうにはキングサイズのダブルベッドが置いてあった。
このダブルベッドと交換に介護ベッドとシングルベッドを運び込む予定だそうだ。トイレと浴室もバリアフリー対応ですので、と説明された。
いや別にここで寝泊りまでするつもりは無いんだけど…と思ったが、まぁ何があるかわからないし黙って頷くだけにしておいた。

最新式の車椅子も用意されていたが、ヒバリは見向きもしなかった。
「ねぇ、あそこのソファーに降ろして」
「おう」
俺はヒバリをそっとソファーに座らせると、側にあったクッションを背中に押し込んで居心地良くしようとした。
クッション、全然足らないじゃないか。
俺はすぐさま部屋を飛び出して、サロンでめぼしいクッションを手当たり次第に積み上げると、それを全部担ぎ上げた。
サロンが閑散としてしまったけれど、きっと誰かが気がついて補充するだろう。

部屋に戻って両手いっぱいのクッションを床に撒き散らして、ヒバリの身体の側に押し込んだり添えたりしていたら、ヒバリがぷっと吹きだした。
「たかがクッションの位置ひとつ決めるのに、そんなに真剣な顔、しなくてもいいのに」
「だめだめ、大事なヒバリが居心地良くなるためのアイテムなんだから、気合いれないとな」
俺は至極真面目に言ったのに、なぜかヒバリには更に笑われてしまった。


午前中は何事も無く過ぎた。
ヒバリは実におとなしくソファーでまどろみ、俺はそんなヒバリを横目で見ながら書類の山を片付けた。
俺の書類なぞ精々小山くらいの量だったが、ちらりと執務室のツナと獄寺の机を見たら、樹海か魔境みたいな状態になっていた。
金庫の中にも入っているはずだから、とんでもない量があるんだろう。

……これ、ツナ、無事に帰ってこれたとしても当分執務室に缶詰かも……。



そろそろ昼食の支度でもしようか、というときに、業者が来たのでベッドを搬入すると連絡が入った。

俺はうとうとまどろんでいるヒバリの肩を揺すって声を掛けた。
「どうする、ヒバリー。ここちぃっと煩くなっちまうけど?」
「…んぅ?」
「ベッド搬入するってよ?」
「あぁ。そういえばそうだったね」
「かなり散らかってて汚いけど、俺の部屋にでも行くか?」

ヒバリははふぅ、と可愛らしいあくびをした後、左手だけで器用に伸びをした。
そしてその後、ちょっと首を傾げるようにしながら窓の外を見て
「庭に出る」と言い出した。
「庭? …あぁ、そうだなー」
俺は窓を開いてそこから見える中庭を眺めた。
部屋の直ぐ側だと音が響いてうるさそうだが、丁度サロンの前あたりに広がっている中庭なら、木陰もあるし噴水もあって涼しくて居心地が良さそうだ。

「んじゃーちょっと準備してくるなー。いっそのこと昼食も庭で食うか?」
「うん、いいね」
ヒバリが同意したので、俺は早速準備に取り掛かった。

まずは手早くテーブルと椅子、それにヒバリ用のカウチを見繕って庭に運び出した。

やっぱりクッションを大量に敷きつめる俺を見て、ヒバリはさもおかしそうにくつくつと笑っていた。
「多すぎるんだけど。そんなにいらないだろ? 僕は一人だけなんだけどねぇ」
「いいじゃねーか。ひょっとしたら身体に合わないクッションが混じってるかもしんねーんだから、余分に置いといて一番良いの、選んでくれよ」
「きみって本当にばかだね」
呆れたような口調とは裏腹に、ヒバリの瞳はとても機嫌よさそうに細められていた。

それからヒバリを抱き上げてカウチにゆったりと座らせて、足にはブランケットをかけてから、俺は自分の専用キッチンへと足を運んだ。
休憩の合間に下ごしらえしていた食材を手早く調理していく。
昨日間に合わせで作った野菜スープはあまり気に入っていない様子だったので(それでも黙って食べてくれたけれど)今日は違う配合のポタージュスープにしてみた。
ヒバリ、気に入ってくれるといいんだけど。
作っている間にあれもこれも、と欲張りすぎて、なんだか無国籍料理の居酒屋メニューみたいになってしまった。

やばいやばい。結構な時間、ヒバリを放置してしまった。
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