小説その2

□ランタナ(七変化)
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次の仕事の段取りは予想通り難航した。
どんなに頑張ってもキャンセルは無理だということが判明したのだ。
要するに俺様が馬車馬になって死ぬ気で手早く片付ける以外に方法は無い、ということだ。
ああ、めんどくせぇ!

その上、なじみのヤブ医者のシャマルに、先にヒバリを診るように話をつけようとして失敗するし。
またあいつは女のケツを追っかけまわしているらしく、全く連絡がつきやがらねぇ。

いらいらとその辺に置いてあった椅子を蹴飛ばしたと同時に、また電話が鳴った。

―――あのアホ、まだぐじぐじ悩み足りねーってのか!

問答無用で携帯の電源を切ろうとして、ふと手を止めた。
ディスプレイには山本の名前では無く、風紀財団イタリア支部の名前がちかちかと点滅している。
ヒバリ…は電話できる状態じゃねーから、これは草壁からだろうな。


草壁とは仕事がらみで頻繁に連絡を取り合う仲だった。
ヒバリが「赤ん坊が言うなら、しょうがないね。」と、俺の無理難題を聞くのは、実は俺のほうも彼らの無理難題を聞いているから、というのが大きい。
草壁もその辺の事情は実に良くわかっていて、仕事の話をボンゴレ本部に掛け合わずに、直接俺に掛け合ってくることのほうが圧倒的に多かった。

さて、この電話は仕事がらみなのか、それともヒバリの容態がらみなのか。
時間的には、山本が俺との会話の後に草壁に泣きついた可能性があるから―――後者だろうか。
俺は憂鬱になりながら電話を取った。

しかし、予想に反して、その電話の内容は仕事の話だった。
「以前お伝えしていた並盛での共同出資事業の話ですが…」
言われて、俺はそういえばそんな話をヒバリからも受けていたな、と思い出した。
まだヒバリが事故に遭う前の話だ。

ヨーロッパが主な取引先のボンゴレだが、現ボンゴレのボスが日本出身ということもあり、できれば日本にも足がかりを作っておきたい。
風紀財団のほうはといえば、表向きは風紀財団の名を一切出さずに並盛の老舗メーカーの名前を前面に押し出し、一部出資だけして経営その他はボンゴレに一任したいという思惑があって、双方の要望が一致した形になっていた。

「実はその件で最有力候補に挙がっていた案件ですが、もともと経営難に陥っていた製菓メーカーを並盛の老舗メーカーに吸収合併し、それに付随するプロ野球球団もつつがなく誘致できそうなんです。まぁ、並盛に野球のスタジアム施設はありませんので、近隣の特盛町の新設スタジアムをホームグラウンドにする予定なんですけれど、そのあたりも我々の管理下にありますので問題は無いかと。それで、問題が無ければそちらのご許可をいただきたいと思いまして…。もちろん正式な契約はもっと後になるとは思いますが、このまま話を進めてもいいかどうかの判断をお願いしたいと存じます。」
「ふむ…。」
俺はいくつか疑問に思ったことを質問してから、少し考えた。
老舗のお菓子屋うんぬんは兎も角、野球チームまで抱え込むというのはいささか突拍子も無いなと思ったが、全体的な構想としては悪くない。
「その野球チームってーのは確か成績が今ひとつ、人気の花形選手もいなくて泣かず飛ばずの赤字経営だったんじゃねーのか? そんなのを抱き込んで果たして利益を上げることができんのか? お前のところのトップはその辺どう考えてやがんだ?」
「何をおっしゃいますことやら。」
草壁はやけに落ち着き払って言葉を返してきた。
「チームの即戦力になり、且つスター性を持った選手が入団するんですから、そのへんは大丈夫でしょう。むしろ一気に黒字をたたき出すに違いないと踏んでおります。」
「なんだ、もう有望株をスカウトしてんのか? しかしそれだけ才能があるならさぞかし契約金の額が跳ね上がるんじゃ……」
「そのへんは大丈夫なのでは? なんせその製菓メーカーの幹部と選手の両方を兼ねていただくわけですから、ボンゴレにとってはただの転勤というか、出向あつかいになるのではないでしょうかね? 」
「……………なんだと? 転勤? 出向?」
今ひとつ話の要領が掴めなくて首を捻っていると、こほん、と草壁が咳払いをした。
「ですから、風紀財団の意向としましては、共同出資事業の責任者兼野球選手として、是非山本さんを並盛に派遣していただきたいのですが。」


◇◆◇


俺は数日後、なんとか仕事のやりくりをつけて風紀財団イタリア支部へと足を運んだ。

山本の日本行きうんぬんは『前向きに検討しておく』という形でとりあえず保留させているが、顔を出した瞬間に草壁にせっつかれそうな気がした。
なんなんだ、あの妙な迫力と押しの強さは。
あれから幾度か連絡を取り合う機会があったが、彼はヒバリの容態その他については一切触れず、ひたすら山本の転勤(出向?)の話ばかりしてきた。
草壁はそんなに熱心な野球ファンだったか?

まぁ、確かに適材適所という言葉通り、山本には正直ボンゴレ本部勤務はあまり向いていないと思うし、日本のプロ野球チームに所属し、且つボンゴレのために働いてもらうというのはかなり合っているんじゃないだろうか。
あいつは口には出さないが、野球をしたがっていたのはわかっている。
イタリアにもプロ野球があるにはあるが、サッカー人気に押されて鳴かず飛ばずの状態だしなぁ。


つらつらと思案しつつ、風紀財団に到着してみると、山本が待ちかねたような顔をして玄関を飛び出してきた。
「こぞ……リボーン! 待ってたんだぜ!! 本当に来てくれて嬉しいぜ。」
その様はまるで大型犬が飛び掛ってくるような勢いで、なんだか笑ってしまった。
「おいおい、俺は専門の医者じゃねーんだから、そんなに期待してもらっても困るんだがなぁ?」
「ううん、リボーンがシャマルに口利いてくれたおかげで、ヒバリの怪我のほうはずいぶんと良くなってるんだ。ありがとうな! そろそろリハビリ始めようかって話にもなってんのな。」

雲隠れしていたシャマルに連絡をつけて散々に脅したら(蛇の道は蛇だ)、風紀財団宛に『気長ニガンバレ!』という電報とともに、特別製の匣が送られてきていた。
なんでも、晴属性の炎じゃなくても属性を問わず炎を注入すれば、骨折や怪我の回復を早めることが出来る医療専門の匣らしい。
使い捨てで、1日1個使用するように、と7個入っていたそうだ。
ヒバリの意識混濁のほうは、というと『俺は専門じゃねーから知らん!』だそうだ。
まぁ、俺もアイツにそこまでの期待はしていなかったからどうでもいいが。

「ちょうど昼飯作ってるからさ、食べてってくれよ。その後ヒバリは昼寝するから、その間に話を…さ。」
ヒバリは自分がおかしいという自覚が皆無なものだから、目の前でその手の話をすると興奮して手がつけられなくなるそうで、山本はいつもヒバリが寝付いたときを見計らっては医者に相談したり、ネットで調べたりしているらしい。
そして起きている間は片時も山本を側から離したがらず、目の届く範囲に彼がいないとぶすくれて不機嫌になってしまうのだとか。

そう話をしている今も、奥の部屋から「…ねぇ。」という声が聞こえて、拗ねたような顔つきのヒバリが柱に凭れ掛かるようにしてこちらを睨んでいた。
「わわ、あんた、まだ歩いちゃだめだって!」
山本はその姿を目に留めた瞬間、飛んでいってヒバリを両手で抱き上げた。
いささか大げさすぎるほど慌てふためいている。
「きみが遅いから、悪い。」
「ごめんごめん、ほら、あんたのお気に入りのリボーンが来たから、お出迎えに、な?」
「そんなの哲に任せておけばいい。」
「哲つぁんは買出しに行ってて、今いないだろー?」
ヒバリはむうっとした表情で、僅かに口を尖らせている。
そのあどけない仕草に、山本は苦笑を漏らしながらも愛しそうに前髪を撫で付けていた。

…こいつ、本当に自分の気持ちに気づいてないんだろうな? 
わかっててわざとやってる……というわけでも無さそうだが…。
うーむ。なんというか、態度があからさま過ぎて見ているこっちがこっ恥ずかしいぜ。
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