小説その2

□ダンディライアン(蒲公英)
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ランタナ(七変化)のつづき。





地下の『家』には、完成する前に数回、そして完成してから一度訪れたことがある。
完成前のはシェルターとしての機能チェック、そして完成後のは最終点検と単なるお披露目だ。

その時はツナがいちいち説明してくれながら案内してくれた。
やれここのカーテンの模様はヒバリさんの好みだの、ベッドは特注で作らせた一点ものだの、どうでも良いことをそれはそれは嬉しそうにしゃべり続けていたっけ。


玄関に足を踏み入れると、爽やかな空気がふわっと頬をすり抜けていった。
あまり活用されていない家にしては、きちんと空調の管理が行き届いているらしい。
すぐに二階を目指す俺の後ろを、おっかなびっくりの態で山本がついてきた。
「…なー、やっぱりさ、こんなコソ泥みたいな真似しないで、ヒバリも一緒の時のほうがいいんじゃねーのかな。ここまでずっと抱いてくるのはちょっと骨だけど…俺、頑張ってこようか?」

アホか。こいつはどこまで能天気なんだ。

俺は胡乱な目つきで山本を見下ろした。
「お前、ヒバリには何て説明する気だ? 『ツナとの思い出の品を探したいんだけど、ちょっと一緒に探して?』とか、バカ正直に言う気なのか? それこそご機嫌損ねられて大暴れされるのが関の山だろうが。ちったー頭を使え、頭を。」
うりうりと拳骨で頭を小突いたら、彼はばつの悪そうな顔つきになった。
「う…。ごめん、リボーン。でもさぁ、なんだか二人の大事な空間を荒らすみたいで、気が進まないっていうか…」
「だったらお前は下の階で留守番でもなんでもしてろ。俺一人でそこらじゅう引っ掻き回してめちゃくちゃに探しまくってやるぜ。」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
冗談で言ったのに、山本は真っ青な顔になって、俺を押しのけてあたふたと階段を上りだした。



二階のリビングダイニングに足を踏み入れた山本は、そこで意外そうな顔をしてあたりを見回していた。
「へえー、えらくシンプルなんだな。まぁヒバリらしいっちゃヒバリらしいか?」
後からついて入った俺は、お披露目のときと比べてかなり様変わりしてしまった状態に眉をひそめた。
シンプルといえば聞こえはいいが、そこには一切の余計なものはない閑散とした光景が広がっていた。
少なくともお披露目のときには、こんなにガランとはしてなかったぞ?

以前来た事のある俺と違い、このエリアは全くの初見の山本はのんきにあちこちの戸棚を開けて台所を検分している。
「何にも入ってないのなー? 出張前だったから食材とか始末してったのかな?」
開ける戸棚全部、中には何も入っていなくて、からっぽだった。
「……調理器具とか、食器もほとんど無いのな? なんでだろう? 俺が料理教える前は、ヒバリ、独学で練習してたって言ってたのになぁ。…あ、上のお屋敷の台所で練習してたのか。最近もそうだったのかな?」
「それは、アレじゃねーのか。このところお前、下の階の台所でヒバリに料理を教えているんだろう? 一人のときでも自然とそっちで調理するようになったんじゃないのか。何もわざわざ家の中2ヶ所も汚すこともないだろうからな。」
「あ、そっかー。そうかもな。下には俺が冷凍ストックとか長期保存食品一杯詰め込んでるしな。……それにしても、マグカップひとつ無いのな?」
ううーんと山本は首を捻りながらも、残念そうな顔をした。
「ツナと二人でお茶のときに使っていたカップとか使えそうだと思ったんだけどなぁ。ひょっとしたら二人お揃いの食器とかもあるんじゃないかと期待してたし。」
「…ああ、そういえばそんな事を言っていた気もするな。」

ここでお茶をよばれたときに、確か二人で相談して揃えた食器だの何だのとツナがはしゃいでいたような気がする。
しかしその時に使われていた、見事な絵柄の美しい食器はいくら探しても見当たらず、シンプルな白のティーセットが申し訳程度に見つかっただけだった。
「リチャード・ジノリのベッキオホワイトシリーズか。……定番すぎて『思い出の品』にゃ程遠いな。」
そう、まるでどこかの高級ホテルの一室の備品のような品だった。
側にコーヒーメーカーも添えられていたが、使い切りの小分け包装されたドリップコーヒーの袋が添えられていて、ますますホテルっぽい雰囲気を醸し出していた。

台所だけでなく他の部屋も一通り見て回ったが、どの部屋も閑散としていた。
インテリアとしての絵画や陶器の壷などの調度品はあったが、それはあくまでもインテリアとしてであって、決して印象深いものでは無かった。
寝室を覗いてみたが、以前置いてあったキングサイズの特注品は姿を消し、セミダブルのベッドが2つとビジネス用の机と椅子が置いてあった。

「なんだか本当に、どっかのホテルのビジネススイートってかんじだなー。すっげースタイリッシュっていうの? ヒバリらしいなー。でもツナの趣味っぽくはねーなあ?」
ぱりっと糊付けされたシーツがぴっちり引いてあるベッドをしげしげと見て、山本が首を傾げていた。
「…すっげー綺麗にしてるなー。まるで全然使ってないみてぇ。」

全然使っていない。
この二階のエリアは、正にその言葉がぴったりと当てはまるような様子を呈していた。

「実際、使われていないのかもな。」
俺がそう言うと、山本は訝しげな顔をして口を尖らせた。
「だけど、ヒバリが自分で言ってたんだぜ? 『僕は二階しか使わない』ってさ。だから俺、遠慮なく下の階使わせてもらってたのに…。」
「使ってたっていうけどな、生活臭がまるで無いぞ、ここは。トイレも風呂も綺麗だが、日常使用している雰囲気じゃねぇ。それにな、ヒバリの着替えだとかはどこだ? たまにでも使ってたっていうのなら、どこかには収納されているはずが、全然見あたらねーぞ。ヒバリだけじゃねぇ、ツナのもだ。さっきからどこを開けても空っぽじゃねーか。」
「…う。た、たしかに。」
まさに今まで気づきませんでした、という間抜け面の男の背中をばしっと叩いて、俺はさっさと階段のほうへ向かった。

「ちょ、リボーン!?」
「これ以上ここにいたって無駄だ。何も無いんじゃなー。」
「ま、まって、待って! 見つけた、これ…着替え!」
洗面台の横にあった戸棚から、慌てて引っ張り出されてきたビニール袋を見て、俺は盛大に顔をしかめた。
「まぁ着替えっちゃ着替えか? だが、それ、新品で封も開けてないじゃねーか。そっちは浴衣か。こりゃ寝巻き代わりか? でもやっぱり新品ぽいぞ。」
「あ、ひょっとして、洗ったあと干すの忘れて洗濯機の中に残ったままだとか! 俺、たまにやっちまって良く親父に怒られたもんだぜ。あれってあまりの臭さに卒倒しそうになるんだよなー。」
……………。悪いが、そんな過去をやたら嬉しそうに告白されても、『アホか』としか思えないぞ。

山本は洗濯機を探そうとひとしきりきょろきょろした挙句、「みつからねー」と肩を落とした。
「上のお屋敷までいちいち持って行ってるのかな? それとも、ぱっぱんつまで全部クリーニング出してるとか!」
そう叫んだあと、自分の言った言葉に真っ赤になりながら、ひたすら照れ笑いをしていた。
…ったく、変なヤツめ。



俺は下に下りると、今度は一階を見て回ることにした。
ひょっとしたら気まぐれなヒバリのことだ、突然思いついて部屋の模様替えをする気になり、こまごましたものを物置代わりに一階に移したのでは―――と思い当たったのだ。

一階のリビングダイニングは二階とは逆に、雑然としていた。
貯蔵庫には缶詰や瓶詰めの食料がたっぷり詰め込まれ、調味料や食器、鍋類も充実している。
冷蔵庫の中身は若干貧弱だったが、それは最近上のお屋敷にごっそり持って行ったせいだと山本が言っていた。
読みかけのまま広げられた雑誌や、妙な柄のクッションなどが床に転がっていたりして、ちょっと微笑ましくなった。

「このクッションはどうだ? ツナの趣味っぽいか?」
俺がそれを拾い上げながら尋ねてみると、山本はすまなそうな顔をしながら頭をかいた。
「あ、ごめん…、それ、俺の私物。」
「じゃあ、この椅子の背もたれに掛けてあるエプロンは?」
「あ、それも俺が持ち込んだやつ…。」
「だったらこのソファーの上に丸まってるブランケットは!」
「ごめんなー、それも俺が持ち込んだ…」
「お前のモンばっかりじゃねーか! ここはお前の私室か!? ええ?」
俺はたまりかねて怒鳴ってしまった。なんでこんなに山本のモンがそこかしこに散らばっているんだ。
「い、いやごめんリボーン、俺の部屋はここじゃなくってこっちに…」
「は?」
山本はリビングにとっ散らかっていた私物を必死でかき集めると、両手に抱えてぱたぱたとフローリングを移動していった。
「ここが俺の部屋っつーか、荷物持ち込んでいいよって言われている部屋な。」

……………。おまえ、部屋まで与えられているのか。破格の待遇じゃねーか。

「まぁ、俺はここにきたらほとんど料理しかしてないから、この部屋は本当に『物置』なんだけどな。リビングのほうが居心地良いしさー。」
なんでも、最初は料理のレシピ本やグルメ情報本などをリビングに持ち込んでいたのだが、そのうち量が多くなってきてしまってリビングには置いておけなくなり、仕方なくこの部屋を提供されたのだとか。
そして山本は調子に乗ってスポーツ雑誌だのクッションだのジャージ(!)だのを持ち込んで、部屋をどんどん物置にしてしまったらしい。
「よくまぁヒバリが怒り出さなかったもんだな。」
「うーん? まぁ、俺一応ヒバリの料理の先生だったしな! そのへんは大目に見てくれてたんじゃね?」
にこにこ笑う山本は、物事の裏など考えることもせずにのんきに笑っていた。
……ま、そういう奴だしな、こいつは鈍くて天然なところが取りえっちゃー取りえだからな。



「……あ! み、見つけた! リボーン、見つけたよ、これじゃね!?」
そう言って、山本は自分の物置部屋のすぐ隣の部屋から段ボール箱を引っ張り出してきた。
中に入っているものを一つ二つ見てみると、確かになんとなく二階で見たことのあるような品々だった。
「…ふむ。どうやらやっぱりヒバリのやつ、突発的に二階の改装に踏み切ったらしいな。」
「へぇ? なんでまた?」
山本は不思議そうな顔をして首を傾げている。
「知るか、そんなこと。どうせあいつ特有の気まぐれだろうさ。」
「ふぅん。……ま、でも良かった、見つかって。これを、昼寝終わったらヒバリに見せてみるな。きっとすぐ…ツナのこと……おもい、出す…だろな。」
笑顔を作ろうとして、失敗して歪んでしまった口元を横目で眺める。

…哀れなヤツ。と俺は思ったけれど、敢えて口には出さなかった。
まぁ、本当にこの品々を見てヒバリがツナのとこを思い出してくれれば、これ以上面倒ごとにならないで済むんだがな。

山本はひょいとダンボールを肩に担ぎ上げると、複雑そうな表情でため息をついた。
「じゃ、俺はコレ持って上がって、ヒバリがお昼寝から起きるの待つけど。リボーンはどうする? 一緒に帰って待つ?」
「そうだな。…いや、俺はちょっとこのまま地下通路を通ってボンゴレ本部に行く。野暮用を思い出したんでな。」
「オッケー。夕食はこっちで食べるよな? な、今日は泊まってってくれるんだろ?」
何でわざわざそっちに泊まらないといけねーんだ…という言葉をすんでのところで飲み込んで「…まぁ、その時の状況次第かな。」と曖昧に濁しておいた。
ヒバリや草壁とも個々に話をしてみたいと思い立ったからだ。
山本は明らかにほっとした顔をして、何度も「夕食は7時だからな!」と念を押してから、いそいそと上のお屋敷へと帰っていった。
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