小説その2

□ダンディライアン(蒲公英)
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俺はボンゴレ本部の総務に顔を覗かせると、適当にそのへんにいた奴を捕まえて質問した。
「風紀財団との警備関係の契約書類、見れるか?」
「ああ、それならここにございますよ。」
初老の男は物柔らかな態度で書類を差し出してきた。
「いやあー、この一番最近の契約変更ですが、これが大変でしてねぇ。あの時は本当にヒヤリとしましたよ。」
その時のことを思い出したのか、男はハンカチで額の汗をぬぐいながら苦笑いをもらした。
「あまり感情を表に出す方ではなくて、いつも淡々とあしらわれている感じだったんですが。」

そこには、俺の予想通りの契約変更がなされていた。
前々から地下シェルターの警備料を月極ではなく日割りにしたがっていたボンゴレ側の意向が通り、ツナの『お泊り』した日数だけの日割り計算に変更するという内容だった。

「よくもまぁヒバリがおとなしく同意したな。」
「いえいえ、何度話を持ちかけても、馬耳東風で聞き流されていたのですが…。それを小耳に挟んだ獄寺さんがボスに掛け合って下さいましてね、先にボンゴレ側の正式書類を揃えてくださったんですよ。」
ほら、と男が示した先には、確かにツナのサインと炎の契約印が押してあった。

この書類をヒバリに見せたときに一瞬膨れ上がった殺気は凄まじく、男は卒倒寸前にまで追い込まれたとか。
「さすがはボンゴレの最強と謳われる雲の守護者、殺気にあてられただけで心臓が止まるかと思いましたが、すぐに冷静になられましてね、あっさりとサインをしてくださいまして。もっとゴネられるかと思っていたので正直拍子抜けしましたよ。」
俺はその書類をしげしげと一通り眺めてから男に返却した。

「ヒバリはこの書類のためだけに、ここに出向いてきたのか?」
「いえ、たまたまサロンを通り抜けようとしている姿をお見かけしまして、ついでにこちらにも寄っていただいたのです。」
「あら、ちょうどその日でしたら、私、執務室で雲の方をお見かけしましたよ。」
俺たちの会話を聞くとも無しに聞いていた隣の女性社員が、にっこり笑って教えてくれた。


ヒバリは別組織の人間ではあるが、同時にボンゴレの守護者でもあるので、一応個人の執務机が用意されていた。
ほとんど寄り付くことは無いとはいえ、月に数回は訪れて急ぎではない書類などに目を通していたらしかった。
そこにはツナの机を筆頭に、守護者たちの机も軒並み置かれていて、群れを嫌うヒバリがよくもまぁそんな所で我慢していたな、とは思うのだが。
多分、そういう口実で訪れては、ツナに偶然にでも会えるのを期待していたのではないか…と思う。
もちろん、当人は絶対にそうだとは白状しないだろうが。


「朝、執務室でお見かけした時はたいそうご機嫌なご様子で。私にも優しく挨拶してくださったので、とてもよく覚えているんです。」
その女性職員は僅かに頬を染めながら、その様子をうっとりと思い出しているようだった。
ヒバリは女子社員にかなり人気がある。人気といっても、遠くから眺める観賞用の意味合いが強いらしいが。
「その後少し経ってから、すごい勢いで戻ってこられましてね。ご自分でボスの机の上に置かれた書類をひとしきり漁って、いくつかを脇のシュレッダー行きの紙入れの箱に放り込んでおられました。そしてそのまま一切振り向きもせず、足早に出て行かれたんですよ。ちょっとご様子が変だったので、あれっと思ったんですが…。今思うと、その少しの間にここで契約変更されてたんですね。」
「ヒバリが自分で持ってきた書類を捨ててったってのか?」
俺は眉を潜めて尋ねた。
「ええ。ちょっと不思議に思ったので私、側を通ったときにちらっと見たんですが…。ただの通販用のカタログと、葉書が捨ててあっただけでした。多分広告か何かだったみたいです。」
「…そうか。」
「そういえば、雲の方が執務室においでになられたの、あの日が最後じゃないかしら。事故に遭われてからは毎日のようにお屋敷には来られてますけれど、ずっと東の部屋に閉じこもっておられますしね。」
「時々中庭でくつろいでおられますねぇ。」
「ええ、山本さんが実に甲斐甲斐しくお世話されてて、見てて微笑ましいですよ。」
「山本さんもよっぽど責任を感じておられるご様子ですなぁ。雲の方が事故に遭われたのは自分のせいだって、それはもう必死で。」
事務員たちが四方山話に花を咲かせ出したので、俺は礼を言って部屋を出た。



ヒバリは昔と比べると、極端に静かになった。
昔は何かにつけてすぐ減らず口を叩いては要らぬ反感を買い、速攻手が出てはバトルにもつれ込んでいたものだったが……。
いや、静かになったというよりも、内に篭ってしまうようになったというべきなのかねぇ。



俺がつらつらと考えごとをしながらサロンを横切ろうとしていたときだった。
「リボーン!」
荒い息をつきながら、山本が廊下を全力疾走してくるのが見えた。
方向からいって、地下通路を走ってきたのだろうが…車で来たほうが早いんじゃねーのかねぇ。
一体全体何を慌てているんだか。

「なんだ、おまえ。夕食まで待てないくらい俺さまに会いたかったのか? せっかちなヤツだな。」
わざとからかうようにニタリと笑ってみたのだが、山本は真っ青な顔をして唇を震わせるばかりで、全然乗ってきやがらねぇ。
あまりに様子が変だから、腕を掴んでそのまま空いている部屋に適当に引きずり込んだ。

「…で? ヒバリに何があった?」
そう問いかけると、がばっと顔を上げて驚いた顔をしている。
そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔、しなくてもいいだろうに。どうせお前が大慌てするのなんざ、ヒバリ絡みに決まってるだろう?
「う…。あの後、お屋敷に帰ったら丁度ヒバリ、目を覚ましたんでさ。ダンボールの中身、見せたんだ。余計なこと言うとまた興奮するから、なんも言わずにただ見せただけなんだけど…」
「そうか。また無視されたのか?」
俺が尋ねると、山本は力なく首を振った。
「無視されたほうが、まだマシだったかも。ふんわり笑われて、懐かしそうに話されちまったよ。………『俺』、との思い出として、さ。」
「………あぁ、そうきたか。」

ヒバリは今、記憶混濁を起こしている。
『恋人との思い出』の中のツナは、当然目の前のコイツだという風に記憶がすり替わってしまっているだろう。


「なぁ、なぁ、リボーン…。ヒバリの中のツナがすっかり俺に置き換わっているなら、ヒバリの中の『俺』って……一緒に遺跡調査したり、料理の練習したりしてた『俺』って、……どこに、いっちゃったのかなぁ?」
ずるずると床にしゃがみこむと、山本は顔を覆って俯いてしまった。
「…俺は、ツナの、『代わり』なんだって、ただ単に事故から目が覚めたときに目の前に居たから『恋人』だって認識されちゃっただけだって―――覚悟してたつもりだったけど、想像以上に…きっつい、よ。」
俺は黙って短い黒髪をぽんぽんと撫で付けてやった。
「いつまでもこのままって訳はねーだろう。多分そろそろ綻びが出てくる頃合だ。だからもうちっとだけ、辛抱しとけ、な?」
「『ほころび』って?」
「そりゃぁな、最初は無条件におめーを『恋人』だって思い込んだかもしれねーが、段々と日を重ねるごとに、色んな矛盾が出てきているはずなんだ。最初は身体も万全じゃないし、無意識にそこから目を逸らしていたんだろうが、そろそろ無視できなくなってくる頃だろう。」


ヒバリが山本を目の届くところにやたら置きたがるのも、記憶のことを言われて必要以上に興奮して暴れようとするのも……どこと無く違和感を感じているからこそ、余計にむきになっているのだろう。
必要なのはツナにまつわる思い出の品、じゃなくて、山本とツナを違うと認識できるモノ、ってところだろうか。


「お前、甲斐甲斐しく料理を作って振舞っているが、それについてヒバリは違和感を感じていないのか? 確かツナは滅法料理がへたくそで、あいつのお手製のなんとやらを食ったヒバリが1週間寝込んだ覚えがあるんだが。」
「あー…。」
山本はちょっと顔を上げてへへっと力なく笑うと、すぐまた俯いてしまった。
「俺さ、最初のころ、ヒバリの看護するのめちゃくちゃ下手くそでさー。すっげー病院で練習したのな。したら、いつのまにか料理もそのとき一緒に猛練習したことにされてた。」
山本の料理を食べたヒバリに『きみって家庭科の授業2だったと思ったのに、よっぽど病院で必死に習ったんだね』とくすくす笑われたんだとか。
「他にも変だなって思うこと一杯あったけど、ま、いっかーと思って適当に返してたら、勝手に納得されちゃってた。…俺ってほんと、バカだよなぁ。もうちょっと考えて返事しろよってかんじー?」

盛大なため息をついた山本の髪を乱暴にぐしゃぐしゃにした後、俺は「まだ時間いいのか? ヒバリは放っておいて大丈夫なのか?」と聞いてみた。
「あ、うん。さっき草壁さん帰ってきて、二人でパソコン使いながら仕事の打ち合わせに入ったから。俺、その間にちょっとボンゴレ屋敷に書類取りに言ってくるって伝えてあるから、何かあったら連絡くると思うし。」
あ、それから、と山本は思い出したように続けた。
「そうそう、草壁さんが、是非リボーンとじっくり話をしたい、と意気込んでてさ。なるべく夕食前に来てくれないかってすごい勢いで俺に迫ってきたんだけど…。」
「…あぁ、ちょっと野暮用でな。」
俺は適当に答えておいた。
山本の日本行きうんぬんは、まだ未確定の一案なわけで、いくら当人といえども話をする段階じゃないからな。

「まさか草壁さん、リボーンにまで俺を引き抜きたい、とか言ってんじゃないよな? まさかなー!」
「…なに?」
俺は眉をひそめて問いただした。
草壁が山本を引き抜き? 何をふざけたことをいってるんだ。
「いやー、ヒバリがさぁ。俺と一緒だったら日本に帰る、とか言ったとかでさ。多分、怪我と病気で混乱してただけなんだろうけど。それを真に受けた草壁さんが、俺のこと引き抜きたがって大変だったんだ。『引き抜きが駄目なら日本に転勤はどうですか!』とか言われてびびったよ。ボンゴレに日本支部なんて無いのにな! あ、それっきり諦めたみたいで、今はもう言って来てないぜ? 本当だからな。」
山本は苦笑しながら頭をかいた。


……………なるほど。
山本に今は言ってこないのは、それは諦めたんじゃなくて、ターゲットが俺に替わったからだろうな…。
山本の仕事に関する権限は上司の俺が握っているから、いくら本人に話を振ったところで、俺がうんと言わなければ全く意味が無い。
逆に言えば、俺さえ抱き込めれば山本に了承なんぞ取らなくても日本へ連れて行くのは容易いと考えたのだろう。
そうか、執拗に草壁が山本の日本行きを推すのは、ヒバリ絡みだったか。
どうあっても草壁はヒバリを日本へ連れ帰りたいようだ。
まぁ、地下の『家』が完成してからこちら、それまではこまめに日本へも足を運んでいたヒバリがぱったり行かなくなれば、仕事も立ち行かなくなってさぞ大変なこったろう。

しかし…。
ヒバリが振って来た並盛の共同出資事業の話は、ヒバリが事故にあう前から持ちかけられていた話で。
事故にあってから出た話では無いのだが。

そういえば、この話が持ち上がったのは……例の地下の家の契約変更の日にちのすぐ後だったかな。
その時はまだ『野球チームうんぬん』という話は聞いていなかったような気がするが…。
一瞬納得しかけたが、余計に混乱してきたぞ。くそっ、なんでこんなにややこしいんだ。
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