小説その2

□ラナンキュラス(花金鳳花)
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ダンディライアン(蒲公英)のつづき




山本が親切にも室内着代わりの浴衣を手渡してくれたので、俺は草壁から逃げるときにくしゃくしゃのヨレヨレになったスーツを脱いで着替えた。
スーツは夜間でも特急で仕上げてくれるクリーニングに出してくれるそうだ。至れり尽くせりだな。

ヒバリは子供みたいな顔をしてソファーでくうくう眠っていた。
昔から良く転寝していたやつだったが、怪我してから更に寝てばかりなんじゃないのか、こいつ。
それか―――最近不眠症ぎみだった反動がきているのかねぇ。
一時期薬に頼って無理やり寝ていたみたいだったから、ちょっと気にはなっていたんだが。

山本は暫く側についてずっとヒバリの髪を撫でていたが、良く眠っているのがわかって安心したのか、台所に戻っていった。
俺もそれについていって、昼間のボンゴレ本部で聞いた話をぽつぽつと話した。
どうやらツナには無断で勝手に獄寺が警備の契約変更をしたらしいこと、そのせいかどうかわからんがヒバリが二階を改装しちまったこと、ヒバリが自分で持ってきたハガキなんかを処分用の箱に捨てちまったこと。

「あの…ハガキ。そっか、宛名部分が切り刻まれてて気づかなかったけど、ヒバリがボンゴレ本部宛に出すわけないか。そっか…二人の家に……」
山本はぶつぶつと良くわからんことを呟いていたが、獄寺がツナに無断で契約変更を決めて、書類にサインだけさせたことには憤りを感じたらしく「今度会ったら文句言ってやるのな!」と声を荒立てていた。
「まぁそう言ってやるな。あれもなぁ、例えばヒバリの風紀財団のような個人組織ならともかく、ボンゴレみたいな巨大組織になってくると、色々と経費なんかについても横槍が入ってくるんだよ。それこそ重箱の隅をつつく感じで、『これだからジャッポーネの小童は…』とか『やはり氏より育ちといいますからな』とかイヤミ百曼陀羅言われてみろ、獄寺のほうも弱みを少しでも無くそうと必死なんだよ。」
俺がそう諭すと、山本はたちまち叱られた大型犬みたいにしょんぼりしてしまった。
「そっか、そうだよな。獄寺、一人で必死にツナの補佐やってんだもんな。俺、きっと期待されてたのに全然役に立たなくて……」
確かに、先にイタリアに渡っていたツナと獄寺にしてみれば、親友の山本が来るのはとても待ち遠しいことだったろう。
これがまぁ、期待はずれもいいところで、役に立つどころか足を引っ張りまくっただけだったのだが。

「ま、それは追々これから役に立っていけばいいだろう。お前にしか出来ないことってのも沢山あるんだからな。」
例えば、料理だってその一つだ。
こいつが息抜きがてらに振舞ってくれる趣味の料理は、かなりのファンがついているんだからな。(俺含めて)
「ほれ、ヒバリがおとなしく寝ててくれてる間に、さっさと夕食の用意しちまえ。あいつが起きているとお前、すぐ気を散らしてあれこれ過保護に構うからな。今晩はうんと旨い飯、作ってくれるんだろう?」
そう発破をかけると、山本は慌てて手を動かし出した。
「ご、ごめん。すぐするからな、期待しててくれよー。」



そのままうっかり油断して山本が料理の支度をしているところをぼーっと眺めていたら、不覚にもまた草壁にとっ捕まってしまった。

「ははー。もうちょっとしたら夕食だから、仕事熱心なのも程ほどにしといてくれよなー。」
山本はにこにこ笑いながら釘を刺してきたけれど、それならちょっとは阻止してみろ!
…と言う暇も無く、草壁に別室に引きずり込まれた。まるで蛸壺に獲物を引きずり込むタコみたいじゃねーか。
この俺が振り切れないとは、一体全体こいつ何者なんだ。

「今度こそは逃がしませんよ。さあさあ腹を括っていただきましょうか!」
「ま、待て! ちいっと真面目な話をしよう。だから野球の話は無しだ、これは譲らねぇ!」
「野球の話は無し、ですか?」
「そうだ。仕事の話のみってことで!」
「野球の話も仕事に繋がるわけですから……」
「今はいらん! 野球界の因縁の対決とか、名場面よもう一度とかは、また今度にしてくれ!」
草壁はかなり不満げな顔をしていたが、それでもしぶしぶながら同意してくれた。
…というか、同意しなきゃ本当にこの話は無かったことにする!と叫ぶところだったぞ、いやマジで。

さすが長年難しい男の片腕をやっているだけあって、草壁は分を弁えるということを知っている。
あの妙な迫力に押されなければ、俺だっていつもの調子で穏やかに話ができるってもんだ。
俺が前向きな姿勢を取ったからなのか、草壁は狂喜乱舞しててきぱきと話を進め、つつがなく打ち合わせは終わりを迎えた。


結局俺は山本の日本行きに『限りなく同意』しちまった。ほぼ確定といっても過言ではない。
だが、本人には俺が直接伝えるから他言無用だとは重々言い含めておいた。
草壁もそこのところは心得ているらしく、にこやかに同意してきた。

「しかし、ヒバリはまだ本調子じゃないし、記憶混濁しちまってたら日本に帰ったところでまともに仕事できないだろうに。なんでそんなに急ぐんだ?」
俺が尋ねると、草壁は何度も咳払いをしてから徐に口を開いた。
「ここ最近、雲雀はですね、電話ごしでもその…相当お疲れのご様子で。まぁその、なんですか…、並盛にも長期にわたって帰ってきておりませんでしたので、精神的にも余裕が無かったと申しましょうか。」

さすが腹心だけのことはある、ヒバリの重度のホームシック(並盛シック?)にも気づいていたらしい。

「今は山本さんも仕事を減らして側についてくれていますので、雲雀の症状もかなり安定しているようですが、小耳に挟んだところによると彼は以前はそれはもう鬼のように働いておられて、殆ど雲雀と会う暇も無かったとか! ボンゴレはちょっと仕事を詰めすぎなんじゃないですか? 適度な休養と適度な運動、仕事にメリハリをつけてこそ効率も上がるっていうものですよ!」
「……あ、あぁ、まぁ、そうだな。以後気をつける。」

鬼のように働いていたのは、山本じゃなくてツナなんだがなぁ。

山本を含め一般職員の待遇は、ボンゴレだってそう悪くない。
例外なのはボスであるツナくらいのもんなんだが…(獄寺は好きでそれに付き合っている)

どうやらヒバリは草壁にもツナと付き合っていたことを明かしてなかったらしい。
ツナの立場を考慮したのか、単に聞かれなかったから言わなかった…とかいうオチなのか、それともただ面倒くさかったのだろうか。
どういう意図があったとしても、雲雀が自分の腹心に告げていなかったことを俺がぺらぺら喋るわけにもいかないので、黙って聞いておくしかない。あぁ、めんどくせぇな。

「彼はこのまま異国の地にいるよりも、やはり日本でゆっくり静養したほうが体にも心にも良いんじゃないかと思うのです。記憶混濁といいましても、殆どの方のことは思い出されましたし、後は沢田さんくらいのものじゃないですか。率直に申しまして、ボンゴレとの打ち合わせはリボーンさんとのほうが多いですし、沢田さん一人認識できなくても、うちの雲雀にとっては特に問題無いのではないかと。そもそも、仕事相手ならば今から新しい関係を築いてもいいわけですしね。」

草壁は『ヒバリの恋人は山本』だと固く信じきっているから、そう考えるのは別に可笑しなことじゃない。
俺はどう返事してよいものやら悩んだ挙句、曖昧に誤魔化しておいた。



丁度そこへ山本が「夕食出来たぜー」と呼びに来たので、俺たちは座敷のほうへと移動した。
ヒバリはというと、何事も無かったかのような顔で既にテーブルについていて、澄ました顔で俺たちを待っていた。

山本がひそっと囁いてきたところによると、あれから暫くして目を覚ましたときには、直前のやり取りは全く覚えていなかったそうだ。

「だから、知らん顔しててくれる? またご機嫌悪くなっても困るからさ。」
既にご機嫌をちょこっと損ねちまってさ……と笑った山本の頬には、うっすらと引っ掻き傷が出来ていた。
「それ、ヒバリがやったのか。」
「うんー、それに、髪の毛もちょっと毟られちゃってさ。部分ハゲになってたらどうしよう。」
ここ、と指し示す場所を眺めたら、確かにちょっと髪の毛が薄くなっているような気がした。
「おまえ…残り少ない頭髪の危機に、よくまぁ呑気に笑っていられるもんだな、おい。」
「ちょ、リボーン。俺まだふっさふさだから。親父だってハゲてないし、将来も大丈夫だと思うぜー。」
「いくら相手が病人でも、もう少し厳しくしたほうがいいぞ。おまえ、ちょっとヒバリを甘やかしすぎだ。」
「いやー、だってさ。あのヒバリが俺に八つ当たりしてくんの。それってすごいコトじゃね? いつもあいつさー、何でも内に溜め込んじまってたから、ちょっと嬉しいのな。」
とんと軽く胸を小突いてみたけれど、彼はえへへ、とまんざらでもないような顔で笑うだけだった。

「遅いよ、赤ん坊。」
入り口でひそひそ立ち話をしていたら、ヒバリが眉をしかめて催促してきた。
一緒に来たはずの草壁はというと、もうちゃっかり席についているではないか。
「すまんな、ヒバリ。…お、今日は鍋か。」
あのヒバリが群れて鍋をつつくようになるなんてなぁ。世の中わからないもんだ。


山本は一生懸命俺たちをもてなそうと、色々と気を配ってくれた。
香りの良い実に高価そうな日本酒を振舞ってくれて、これがまた鍋に良く合ってとても旨かった。
俺と草壁には勧めてくれたが、ヒバリにはまだ駄目だ…ということで、自分も口を付けようとはしなかった。こいつも、かなりの酒好きだったはずなのにな。
そんな気苦労は苦労とも思わずに楽しんでやる奴なんだよな、こいつは。

そういう意味では、山本と組む仕事は意外とやりやすかったりするのだが、内容が何せ『俺』の仕事だからな、かなり物騒だから正直あまり首を突っ込ませたくない、というのが本音だ。
そうすると結局、書類整理や腹の探りあいみたいな陰湿な商談しか仕事が無くて、こいつの能力を100%生かせてやれないから、ヒバリとの共同調査はまさに天啓だったんだがなぁ。
それが、こんなややこしい事態を引き起こしちまうとは……世の中ってのはどうしてこうも複雑に出来ちまってるんだか!

山本は俺たちにも気を遣いつつ、ヒバリのお世話も甲斐甲斐しく行っていた。
また横にべったり引っ付いて座って、いちいち食べ物を口に運んでやっている。
その過保護っぷりを見ながら、もうそろそろヒバリも一人で飯くらい食えるだろう、とくちばしを突っ込みたくなったのだが…。
あまりにも山本が嬉しそうな顔をしてヒバリを構っているものだから、結局言えなかった。
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