小説その3

□こっそり『ねこ』裏話 〜今夜はカレーの日〜
2ページ/23ページ


「オイ、ちんたら何時まで掛かってるんだ。さっさとツナのとこに行きやがれ」
何時の間に部屋に入ってきたのか、黒スーツの長身の男がいらただしげに開いたドアを軽く叩いた。
「あっ、小僧…じゃない、リボーン。ごめんごめん、すぐ行くのなー」
山本は大慌てに慌てて、ネクタイを締める手を動かした。
そして、嬉しそうな顔つきで「リボ!」と声を上げてソファーから立ち上がったアラウディを横目に捕らえてため息をついた。
始めはリボーンがアラウディを『まるで本物の猫のように可愛がる』のを、単純に喜んでいた山本だったが、アラウディがリボーンに異様に懐く――普段のアラウディどころか、小さくなった仔『ねこ』のアディでさえも――に至って、妙に寂しいような悲しいような気持ちにさせられた。

アラウディはふわふわと尻尾を揺らしてリボーンを見上げながら「リボもこれからお仕事?」と小首を傾げた。
「いや。一仕事終えてきたところだ。もう数日掛かるかと思ったが、一晩で片がついた」
にやっと笑いながら答えたリボーンを見上げる瞳が、一気に尊敬の眼差しできらきらと光る。
「すごい。お仕事するの、早いんだね」
「たいしたことねーさ。ほれ、手土産だ」
リボーンはいつも訪ねてくる時、評判の限定菓子だとか、お洒落な小物だとか、山本がちっとも思いつけないような物をアラウディにプレゼントしていた。

嬉しそうにそれを受け取るアラウディを、ジョットとヴィートは蕩けるような目つきで見つめ、同時に気軽にプレゼントを持参してくるリボーンに対して若干恨めしそうな視線を投げた。
彼等二人は、飼い主になる際に草壁から色々と注意事項を言い渡されていたが、その中に『副飼い主は本飼い主の許可無くみだりに『ねこ』に贈り物をしてはならない』というのがあり、これまた草壁から『教育上よろしくない』という理由で出来る限り質素倹約を申し付けられている山本共々、気軽に物を買い与えることが出来ないでいるのだった。


やっと身支度を終えた山本は、「それじゃ、行ってくるのな」と皆に挨拶をすると、部屋を出て階段を下りた。
「待って。あなた、ネクタイ曲がってるよ」
追いかけて玄関先まで来たアラウディに『あなた』呼びされて、一瞬どきりとする。その他大勢の面々が居なければ、新婚気分に浸れたかもしれない。

もちろん、アラウディと山本は『ねこ』とその飼い主という関係以外の何物でもないし、アラウディは目上の者に対しては全員『あなた』呼ばわりだったから、特別な意味は何も無いのだが。
アラウディが山本を呼ぶときは大抵『きみ』なのだが、仕事に行く時や仕事から帰ってきた時などは無意識に『あなた』と呼んでくれた。
山本の本職はスポーツ選手なので、本当は早朝のマラソンや筋トレなども全て『仕事』のうちに入るのだが、アラウディにはそれらは全部『遊び』に見えるらしく、特別扱いしてくれるのはこうしてスーツを着込んだ時だけだった。

アラウディは山本のネクタイに手を伸ばしてくいくいっと引っ張ると、「ん、これでよし」と満足げに頷いた。
「…それじゃ、お仕事、がんばってね」
「う、うん。じゃぁ、行ってくるなー」
仕事が絡むと、アラウディは優しい。なんと『いってらっしゃい』の頬にちゅーまでしてくれたではないか。
まるで盆と正月が一緒に来たみたいである。
山本は感極まってアラウディの華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。

お返しにアラウディのふわふわのねこみみにちゅっとキスを落としていると、がちゃりと玄関のドアが開いた。

「すいませーん。山本、もう準備できたかなー? …って、うわ、あのその、邪魔するつもりは無かったんだけどごめんね!」
寄り添っている二人を見て、綱吉はくるりとした無駄に大きな瞳を更に見開いて捲し立てた。
「つなよし?」
腕に抱かれていた黒いねこみみの可愛い子供が、おっとりと小首を傾げた。
「ああっ、きょーやさん何でもないんです、本当に!」
おたおたしながら子供の視界を遮ろうとした綱吉だったが、時既に遅く、子供はアラウディを目ざとく見つけてするりと綱吉の手から抜け出した。

「今日のおさんぽ、おわり! また明日ね、つなよし」
綱吉に向かってひらひらと小さな手を振ると、子供はそのままアラウディの側にいって手を差し出した。
「さ、上のおへやにいくよ。またおちたらいけないから、手をつないであげる」
子供にしては随分と偉そうな態度だが、そこがまた可愛らしい。
「ちょ、ちょっと! 僕、もうスリッパ履いたまま階段上り下りしてないから、落ちないよ」
頬を染めながら口を尖らせつつも、差し出された手をおとなしく取ったアラウディをでれでれと見つめながら、山本はしみじみと幸せをかみ締めていた。
隣では、綱吉が同じく瞳をハートの形にして『ねこ』の子供をうっとりと見つめている。
嗚呼、これぞ人生の春。

「おめーら、いい加減にしろよ。とっとと仕事に行きやがれ」
鼻の下を伸ばしきっていた二人は、リボーンの怒鳴り声で我に返ると、脱兎のごとくその場を飛び出した。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ