小説その3

□綱吉くんの平凡な休日
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嵐のように家族が出かけて行った後、綱吉は何故か雲雀と一緒に出掛けることになっていた。
ほんの少し前までは、思う存分朝寝をしてのんびりと休日を過ごすつもりだったのに、何故か現在並盛に建築中の、総合運動施設の視察に強制的に付き合わされることになったのだ。
「何でこんな事になっちゃったのかなぁ…。はぁ、それにしても一体どんな格好をしていけばいいんだろ」
ぶつぶつと文句を言いながら、綱吉はタンスの中身を引っ掻き回した。
「総合運動施設なんだから、ジャージが一番なのかなぁ?」
しばらく探したが、ジャージは何処にも見当たらない。
「あー! ひょっとして、学校に忘れてきちゃったのかな…」
金曜日の体育の時間に使ったのは覚えているが、持って帰って洗濯カゴに入れた覚えが全然無い。
「あんまり待たせると、ヒバリさんに咬み殺されちゃうかも。早くしないとっ」
仕方なく綱吉はジーパンにトレーナーという、当たりさわりの無いような恰好で行くことにした。


「遅い」
マンションに行くと、案の定腕を組んで仁王立ちになった雲雀に睨まれた。
「す、すいません、ジャージが見当たらなくて、それで、そのー…」
「ジャージ?」
雲雀はじろじろと綱吉の姿を上から下まで見やると、ぐいと綱吉の腕を掴んだ。
「ひゃっ!? か、咬み殺さないでください〜」
綱吉は情けない声を出すと、ぎゅっと目をつぶった。
「うるさいな、ちょっと来な」
そう面倒くさそうに言った雲雀に連れてこられたのは、マンションの一室だった。
「あれ、ここって確かヒバリさんが倉庫にしてる隣の部屋だっけ」

以前、ひょんなことから雲雀のマンションに泊まった時のことを思い出して、綱吉はくるりと部屋の中を見回した。
「ほら、早く靴を脱いで。そんな恰好じゃスケートできないだろ」
「はぁ、わかりました。……って、スケート!? 今、スケートっておっしゃいましたかぁ!?」
綱吉が仰天したのも無理はない。並盛にはスケート場は無かったので、ここでスケートという単語を聞くとは思わなかったのだ。
「そうだよ。僕、言わなかったっけ」
「聞いてませんーっ、総合運動施設に行くってだけ…」
「ふぅん。まぁいいや。とにかく、そんな分厚いジーンズじゃ、膝が曲がらないだろ」
雲雀はつまらなそうに首を竦めると、壁際にある棚を引っ掻き回しだした。
「えっ……膝ですか。膝とスケートが何の関係が…」
「大ありだよ。………はい」
綱吉が首を捻っていると、雲雀がくるりと振り向いて何かを手渡してきた。
「え? あ、はい」
思わず反射的に受け取ってから、まじまじと手の中の物を見つめる。
「それに着替えて」
「は、はい………って、なんで着替え?」
「文句言わない。なんなら、言えないようにしてあげようか」
にやりと壮絶な笑みを浮かべた雲雀を見て、綱吉はぶんぶんと千切れんばかりの勢いで首を横に振った。
「いえ、文句とかありません! オレ、すぐに着替えてきます!」
「うん、いい子」
そう言って雲雀は瞳を細めて笑みを浮かべると、綱吉の頭をぽんぽんと撫でた。
綱吉は不覚にも雲雀の笑みにぼーっと見とれてしまい、「さっさとしなよ」とまた怒られてしまった。


「あうう…なんかおかしい……」
言われた通りに渡された服を一式身に着けてみたものの、どうにも違和感が拭えなくて綱吉は鏡の前で唸り声を上げた。
丈が少し長めの短パン、薄手の長袖のTシャツ、少し大きめのウインドブレーカー、ここまではいい。
その他に手渡されたものは、厚手のカラフルなボーダー柄のタイツだった。
スケート場は寒いだろうから、タイツはわからないでもない。しかし、何故こんなに派手なのだろう。
「せめてズボンの丈がもうちょっと長ければなぁ。そりゃ短パンだったら膝は曲げ放題だろうけどさー」
綱吉がぶつぶつと文句を呟いていると、後ろからポンと何かが頭に被さってきた。
「わわっ、何…って、帽子?」
それは毛糸で編んだ帽子だった。触ってみると、ふわふわとした柔らかい感触がした。
それは良い。それは良いのだが…。
綱吉は恐る恐る、背後で満足げに自分を眺めている雲雀に向かって声を掛けた。
「あのですね、ヒバリさん…」
「なんだい」
「えっと、これ、毛糸の帽子ですよね」
「そうだね」
何を当たり前のことを、とばかりに雲雀が即答する。
「でもー、そのー」
どう言えば雲雀の機嫌を損ねずにいられるのかがわからず、綱吉はあーだのうーだのともごもご口の中で呟いた。
「何? 頭を保護しておかないと、スケートで転んだら危ないでしょ」
「あ! そ、そうなんですね。頭を守るため、そうなんですね。…えっとー、コレもそういう意味ですか?」
綱吉は帽子から垂れている、栗色の長い髪の毛を両手でつかんでへらっと笑って見せた。
毛糸の帽子にはつけ毛が一緒についていて、被るとロングヘア―に見えるようになっている。
カラフルなタイツといい、ロングヘア―といい、どうも先ほどから雲雀に遊ばれているような気がしてならない。
しかし、雲雀の返事は至って真面目なものだった。
「あぁ、それは医療用品のサンプルだからね、そうなってる」
「い、医療用品〜!?」
想像外の答えが返ってきて、驚いた綱吉はすっとんきょうな声を上げた。
「うん。病気だとか、薬の副作用で髪が薄くなった人用の試作品でね。丁度いいから試してみてもらおうと思って。あとで使用感とか問題点をまとめて言ってもらおうから、覚えておいてね」
「あ〜…う…」
そこまで言われてしまうと、優柔不断な綱吉断りづらくなってしまった。

「さ、準備もできたし、行こうか」
そう言って雲雀が綱吉に羽織らせてくれたのは、雪のように白くて軽い薄手のダウンジャケットだった。
ポイントとしてピンク色の糸で縫い取りがしてある。
「え、オレ、自分の上着ありますけど」
「ん。それもサンプル品。だから後で感想を原稿用紙1枚にきっちりまとめてね」
「え…いやあの、ちょっと遠慮したいかなぁなんて」
「なに、僕に咬み殺されたいのかな、小動物」
「いいいいいえっ! 全然そんなことありませんっ、サンプル品大好きです」
「そう」
雲雀は瞳を細めると、うっすらと微笑んだ。
その姿に思わずぼーっと綱吉が見惚れていると、雲雀はふわふわのファーがついたほんのりピンク色の手袋を差し出してきた。
「これつけて。スケートするなら手袋は必須だからね」
「あ…ハイ。これもサンプル品でどうせ後で感想をまとめないといけないんですね…」
「なんだ、良くわかってるじゃない。さて、行こうか」
「は、はい」
当然のように差し出された手を、綱吉は反射的に握ってしまった。
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