小説その3

□綱吉くんの平凡な休日
3ページ/22ページ



「うわぁ〜、すごい。モダンな建物がいっぱい」
郊外に建てられた施設を眺めまわして、綱吉は感嘆の声をあげた。
素晴らしく洗練された流線形のドームやメタリックな輝きを放つ建物の数々は、いかにも最新式の総合施設に見える。
「ふむ、外見は合格点かな。……このドームのデザインは僕も気に入っているよ。鳥をイメージするようにさせたからね」
雲雀は律儀にメモ帳を開いて何かを書きつけながら、満足そうな笑みを浮かべた。
「鳥、ですか」
綱吉の脳裏に一瞬ずんぐりむっくりなヒバードがぱたぱた飛んでいる姿が浮かんだが、目の前の建物とは全く結びつかなかった。
鳥と言えばヒバード。もしくはスズメかハト。貧弱な綱吉の想像は、その程度だった。

綱吉が首を捻っている間にも、雲雀は更に数行メモを取ると、綱吉の手を引いたままずんずん敷地内へと歩いて行った。
「わわわっ、ヒバリさん、ちょっと早いです〜」
「黙って付いてきな」
完全に雲雀に引きずられる格好のまま、綱吉はエントランスへと連れ込まれた。
そこにはリーゼント姿の学ランを来た男が数名固まって立っていた。
「ふ、風紀委員の人たちだ…」
いつも遅刻ばかりしていて風紀委員に目をつけられている綱吉は、一瞬ドキッとして首を竦めた。
更にその中の一人の草壁がこちらを見て、少し驚いたような顔で眉を潜めたのを目撃してしまった。
しかし草壁率いる風紀委員たちは、綱吉には特になにも言わず、雲雀に向かって深々と一礼した。
「委員長、お待ちしておりました。手筈通り施設の全てを自由に体験がてら、視察していただけるように取り計らっております。こちらがパンフレットの試作品です」
「うん」
雲雀は軽く頷くと、草壁から手渡された書類を受け取ってぱらぱらと中を流し見た。

その横で手持ち無沙汰になった他の委員たちが、何か言いたそうに綱吉のほうをちらちらと眺めている。
やっぱり万年遅刻魔のダメツナと、風紀委員長の雲雀が一緒に来たことに違和感を覚えているのだろうか、と綱吉は居たたまれない気持ちになってきた時だった。
そのうちの一人が意を決したように「…して、委員長、こちらの方は?」と恐る恐る口を開いた。
「おい、お前たち…」とそれを止めようとした草壁を制して、雲雀がうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「あぁ、僕の視察を手伝ってもらおうと思ってね。連れてきた」
「あ、はぁ、そうですか。視察の手伝い、ですか」
風紀委員たちは怪訝な表情で顔を見合わせた。
「うん、そう。だから君たちも丁重に扱ってね、僕の可愛いガールフレンドさんなんだから」
「はぁぁ〜〜!?」
叫んだのは風紀委員たちではなく、綱吉であった。
「ちょっ、ヒバ……もがっ」
ヒバリは素早く綱吉の口を手で塞ぐと、「黙ってな、余計なこと言うと咬み殺すよ」と耳元で囁いた。
そして綱吉が涙目になっている間に「ちょっとこの子、先に喫茶ルームのほうへ案内しておいて。この書類で確認したいことがあるから、僕は事務室へ行ってくる」と言い捨てて、さっさと踵を返してしまった。

風紀委員たちは一同唖然とした表情をしていたが、やがて一人が咳払いをして「いっ…委員長の可愛いガールフレンドさんを一名ご案内で〜すっ」と叫んだ。
すると、他の委員たちも我に返ったように口々に叫びだした。
「おっ…同じく、委員長の可愛いガールフレンドさん、ご案内しま〜す」
「委員長の可愛いガールフレンドさん、こちらにご案内で〜す」
まるでどこかの居酒屋のチェーン店のようなノリに、綱吉は頭がくらくらしてきた。

どこかおかしいおかしいと思ってはいたが、やっぱり自分は女装させられていたのか…。



「ちょっとどういうことなんですかっ、ヒバリさん」
綱吉はテーブルをドンと叩きながら、目の前に座った雲雀を睨みつけた。
「なに? 特製の黄桃パフェ、美味しくないの?」
雲雀はさらりとそう言うと、机の上に置いたメモ帳を手に取った。
「えっ…。いえ、あの、このパフェはとっても美味しいです、はい」
目の前に置かれた洒落た器に盛られたパフェにスプーンを突っ込みながら、綱吉は慌てて答えた。
「そう? じゃあどの辺が良い感じかな」
「この黄色っぽいクリーム、濃厚ですごく美味しいですね。それに見た目がひよこさんみたいで可愛いです。中に入っているフルーツも、黄桃以外にも色々入ってて、全然飽きません」
「うん、そう。それは良かった」
ふわりと雲雀が優しい笑みを浮かべたので、思わずそれに魅入ってしまった綱吉だったが、はっとそこで我に返る。
「そうじゃなくってですね! なんなんですか、さっきのガールフレンド発言は」
「あぁ、あれ? だってアレは前にきみが言い出したことだろ」
「そ、それはそうなんですけど………じゃなくってですね!」
危うく丸め込まれそうになって、綱吉ははっと我に返った。
確かに以前「変装したい」と何の気なしに呟いて、女装になってしまった経緯があった。
しかもそれは雲雀の家での出来事だった。
「あれはあれ、これはこれなんですー!」
「そうなの?」
きょとんとした表情で雲雀が小首を傾げた。
「まぁいいや。きみは普通に施設を利用して、使い心地を報告してくれればいいよ」
それで説明は終わりとばかりに、雲雀は熱心にメモ帳にペンを走らせだした。

「全然わからないよ…」と綱吉が涙目になっていると、水を足しに来た給仕係の草壁が、苦笑いをしながら説明してくれた。
つまり、雲雀が綱吉を連れてきたのは、彼らでは視察しにくい場所――更衣室や、トイレなど、その他諸々――を、代わりに視察して欲しいから、ということだった。
「はぁ、更衣室とかトイレですか。え、ちょ、ちょっと待ってください、トイレってまさか……」
「うむ。野郎が女子トイレに入るのは勇気がいる。というか、少なくとも俺は御免こうむる。だから委員長が沢田…いや、今は沢田じゃなくて委員長のガールフレンドだったか。…を連れてきたんだと思う」
「オレだって嫌ですよーっ!」
綱吉はスプーンをくわえたまま絶叫した。
よりにもよって、女子トイレとは! 
多感な年ごろの中学生男子としては、それは超えてはならない壁だと思う。

「うるさいな」
雲雀が口をへの字に曲げて、綱吉を睨んできた。
「だってだって、よりにもよって女子トイレだなんて…無理無理、オレには無理です〜」
ぷるぷると泣きべそをかきながら綱吉は首をふった。
「きみに拒否権は無いよ。もし嫌だっていうなら、きみの知り合いの女子や母親を連れてこようかな」
京子やハル、そして綱吉の母親の奈々なら、なんだか喜んでやってきそうな気がする。
一瞬綱吉はそれもいいかな…と思いかけて、ぶんぶんと首を振った。
ただでさえ普段から敵の多い雲雀がらみの抗争にでも巻き込まれたら大変だ。

「……わかりました〜。なんとか今だけ、ヒバリさんのガールフレンドになりきってみます…」
がっくりと項垂れながらぼそぼそとそう呟いた綱吉の肩を、草壁がぽんっと労わるように叩いた。
「大丈夫だ、沢田だとは全くわからないほど見事な化けっぷりだから。そして女子トイレも更衣室も、まだ誰も使ってない新品だから、気にするな」
「それ、全然慰めになってないです、草壁さん…」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ