小説その3

□こっそり『ねこ』裏話〜すれ違いだらけの協奏曲
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イタリアでアラウディが山本と暮らし始めてからしばらくして、子ヒバリがやってくるようになった。
以前と同じように毎日『おさんぽ』のついでに隣の綱吉に会いに来るのだが、その際にアラウディにも会いに来てくれる。
思い悩んだ末に、アラウディは子ヒバリに尋ねてみることにした。

「うん、みてたよー」
問題の日の夜に何があったのか、アラウディがおずおずと尋ねてみると、あっさりと子ヒバリは頷いた。
二人は二階にある寝室のキングサイズのベッドの上で『ころんころん遊び』をしている最中だった。
ちなみに山本は一階のダイニングルームで昼食の仕込みをしている。
「その…あの、ぼ、僕……いっぱい、迷惑かけてた、のかな」
「うん! あなた、ぼくとつなよしの引っ張り合いっこしたよ。それにつなよしにちゅーしようとしてた」
酔っぱらって訳が分からなくなっていたとはいえ、改めて言葉にして言われると相当みっともなくて恥ずかしい。
アラウディは真っ赤になりながら抱きしめてクッションの端っこを噛んだ。
「え、と…。そ、それで、その、あの……やまもとは…」
「やまもと?」
「今、下でごはんつくってるひと」
「あぁ」
子ヒバリは基本的に関心のあることしか覚える気が無いらしく、何度聞いても山本や獄寺の名前を覚える気配が無かった。
「あのひと、おとなりの部屋からでてきて、それであなたを泣かせたんだよ」
いきなり核心に迫った話になって、アラウディの胸はドキドキしだした。
「あ、あの、その、ぼ…ぼく、その……」
「あのひと、大声だしてあなたをいじめたんだよ。でも『いじめたわけじゃない』っていいわけしてたー」
わるいひとだね、と言いながら子ヒバリはベッドの上をころんころん転がった。
「えっと……そ、それだけ?」
「うん、それだけ!」
そう言い放つと、子ヒバリは黒くて長いしっぽをふよふよと動かしてアラウディを誘った。
アラウディはおとなしく誘いに乗って、子ヒバリの隣でころんころん転がった。
「で、でもさ…その、大声出されただけで、僕、その…泣いたり、するかな」
山本にキスされたかどうか、恥ずかしくて直接聞くことができず、アラウディはもごもごと口ごもった。
「だって、すごい声だったよ。かみなりみたいにさ。こんなかんじー」
子ヒバリは突然ベッドの上に仁王立ちになって、息を思いっきり吸い込むと「――アラウディ!」と叫んだ。
驚いたアラウディは、クッションを抱きしめたままベッドから転がり落ちた。
「ベッドからおちるから、はしっこにいたら危ないよ」
幸い、敷いてあるふかふかの絨毯のおかげで傷ひとつ付かなかったものの、子ヒバリの後の祭りのような忠告を聞いて、アラウディは耳まで真っ赤になった。
「それであなた、大声でどなられて泣いちゃってたよ。おさけ飲んでたから? おさけ飲むと泣いたり笑ったりいそがしくなるって父さまがいってたよ。へんだよねー」
「ほ、本当にそれだけ…なの?」
「うん! ほかにはな〜んにも、みてないよ!」

実際には、アラウディが山本にキスされていた時、子ヒバリは綱吉に手で目隠しをされてその現場を目撃していないだけなのだが、そんなことはアラウディは知る由も無かった。

その時バタバタと足音が響いて、ばたんと寝室のドアが開け放たれた。
「今すっげー声が聞こえたんだけど、なんかあったのかっ」
子ヒバリの声が一階まで響いて、山本が飛んできたのだった。慌てたからか、片手に大根を持ったままだ。
「べつに。あそんでただけだよー」
ベッドの上の子ヒバリが澄ましてそう言い、絨毯の上に座り込んだアラウディも必死でこくこくと頷いた。
「そっか。なんも無かったなら良かったのな。じゃ、昼飯が出来たらツナも呼ぶから、もうちょっと待っててな」
単純な山本は素直に子ヒバリの言い分を信じたらしく、にかっと二人に笑いかけると寝室を出て行った。


やっぱり、とアラウディはどきどきしながらクッションをぎゅうっと抱きしめ直した。
やっぱり、僕の勘違いだったんだ。
こんなバカみたいな勘違い、他の人に話す前で本当に良かった、とアラウディはちらりと子ヒバリの様子を伺った。

ころんころん遊びにも飽きたのか、子ヒバリはベッドの周りを物色しだしていた。
サイドボードの引き出しを開けたり閉めたりしつつ、中を順番に覗きこんでいる。
一番上の引き出しを開けようとして、子ヒバリが首を傾げた。
「ねぇ、ここ、開かないよ」
「あぁ、そこはね…」
アラウディは引き出しについている木の彫刻の飾りを順番に捻った。
防犯用の鍵というよりも、インテリアの類といえるような簡単な仕組みだ。
「はい、これで開いたよ」
「へぇ、おもしろいね」
子ヒバリはその細工が気に入ったのか、何度か開けては閉めを繰り返していた。
それから引き出しの中に入っていたものを取り出して、しげしげと眺めた。
「お手玉、入ってたよ。あなたの?」
「えっ、あ、……うん」
アラウディはもじもじとしながら頷いた。
「だいじなものなの?」
「だ、大事っていうか…その、わざわざ、つくってもらった、ものだから、その…」
言い訳をする必要は無いのだが、何となく気まりが悪い。
「ふぅん、そう」
子ヒバリはそれっきり興味を失ったようで、お手玉を元に戻した。
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