小説

□無くした記憶は戻らない その1
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◆SIDE 雲雀◆




ピッピッピ。

規則正しい機械音が聞こえる。
雲雀は白濁した意識の底でうっそりとまどろんだ。
ぼんやりと漂っていた思考がだんだんと浮上してくる。

―――もう、朝だ。今日は風紀検査の日だから、早く起きて仕度をしなければ。

ゆるりと瞳を開ければ、全く見たことも無い白い天井の風景が見えた。

ぴくり、と雲雀の身体が震えた。
知らず鼻をついた独特の匂いに、一瞬走った緊張を、ふっと緩める。

ここは病院だ。
もっとも、なじみのある並盛病院では無いようだったが。
入院するような楽しい戦いがあった覚えは無いのだが、起き抜けで頭の働きが鈍いだけなのだろうか。

雲雀は身体の具合を確かめるように、僅かに身じろぎした。
何とか動きそうだったので、そのままゆっくりと身体を起こしてみる。
全身が鈍く痛んだが、全く動けないというほどでも無さそうだ。
どこか壊れていたとしても、学校まで移動できれば問題は無い。

ふと、自分のベッドの脇に人が突っ伏しているのが目に入り、雲雀は軽い驚きと共にその人物を見つめた。
自分の一番の腹心、草壁ではないようだ。それなのに自分が今まで気が付かなかったとは。
しかし、とっさに殴って排除しかけた雲雀がそれを押しとどめ、見つめるほどにはその寝顔は無邪気であどけなかった。

自分と同じくらいか、少し上だろうか。
腕の上に頭を預けて、こちらのほうに顔を向けたまますやすやと寝入っている。
男なのか女なのか一瞬考えたが、服装を見るに多分男だろう。
雲雀が身体を動かすと、わずかに眉をひそめて体をきゅうっと丸めた。そのしぐさはどことなく小動物を連想させるもので、なんとなく笑みがこぼれる。

そう、可愛らしい小動物は嫌いではない。
そっと腕を伸ばして、額に掛かっている髪を撫でてみた。

「・・・ん・・・うにゅー?」
彼は可愛らしい声を漏らして顔をしかめたあと、唐突にぱち、と瞳を開いた。

琥珀色の瞳が一瞬不安そうに揺れた後、こちらを見つめてぱっと輝きを増した。
「ヒバリさん!気がついたんですね!!」
邪気の無い笑顔に、まぁいいかと珍しく寛容な気分になった。
ここにいるということは、風紀の者か、その命令を受けた者か、とにかく雲雀の世話をするためにいる者だ。

「うん。」
軽く返事をすると、指につけられていた血圧計のコードを引き抜いた。

「良かった。怪我は大したことないって聞いてはいましたけど、丸一日意識が無かったから心配しました・・・」
「ふぅん。」
「あっ、すぐ看護婦さん呼びますね」
ナースコールを押そうとした手を、やんわりと握って止める。
「いらない。それより水と何か食べるもの用意しといて。」

ここはどうやら並盛では無いらしい。草壁がそばに控えていないのもそれなら頷ける。
雲雀はするりとベッドから起き上がると、部屋の中にあるトイレ兼洗面所に入り、簡単に身支度を整えた。
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