小説

□綱さまと御呼びっ! U
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雲雀は現在、この一見軟弱な青年に抵抗することも許されぬまま、ずるずると引き摺られて歩いていた。
否、抵抗は力の限りしているのだが―――後ろ回し蹴りをしようとして後ろを向く間もなく肩を押さえられ、トンファーは握ったと同時に取り上げられ、ならばと肘鉄を食らわせようとして腕を捕まれ―――その努力はことごとく無駄に終わっていた。
青年は雲雀の抵抗などどこ吹く風で、にこにこしながら話し掛けてくる。
…それがまた雲雀の痛く気に障るとも知らず。

「恭弥さん、ハンバーグが好物なんですってね〜。オレもなんですよ。というわけで、今日は今まで食べたことが無いくらい美味しいハンバーグをご馳走したいと思います。」
雲雀はフンと鼻でせせら笑った。
「並盛で僕の知らない洋食屋なんて無いよ。だから貴方が言っている『今まで食べたことが無いくらい』美味しいっていうのは、ここじゃ不可能だね。それとも、まさかまたイタリアにでも拉致るつもり?」


初めて会ったときに、いきなり簀巻きにされてそのまま専用ジェットに担ぎ込まれ、気づいたときにはイタリアだった…という、冗談のような本当の体験をさせられた雲雀は苦々しげにそう言い放った。


「いいえ〜。あの時は可愛い花嫁さんを見つけた悦びでテンパっちゃって、あんなことしちゃいましたけど、基本オレは紳士ですからねっ! 恭弥さんの嫌がることはなるべくしないように、これでも心がけているんですよ〜?」
「だったら今すぐ僕を放しなっ! 嫌がることはしないなんて、嘘ばっかり。僕は今とてつもなく不愉快だ。」
「それはできませ〜ん。だって放しちゃったら恭弥さん逃げるでしょ。可愛い恋人に逃げられちゃったら、オレの楽しい週末の予定が全部無くなっちゃうじゃないですか。」
「あなたの予定なんて知らないんだよっ! そもそも僕はあなたの恋人にも花嫁にもなった覚えは無いんだからね、この変態! 人でなし! 疫病神!」
「うっわ〜、恭弥さんってば相変わらずすっごい減らず口たたきますねぇ。オレのドS心が擽られるなぁ。そんな生意気なお口は……塞いじゃいますよ?」

うふふ、と思わせぶりに綱吉に笑われて、雲雀は慌てて、とっさに空いているほうの手で自分の口を隠した。
かつて『五月蝿いお口は塞いじゃいますよ?』と言われ、綱吉に唇を奪われた恐ろしい初キスの体験が脳裏を過ぎったのだ。

「か〜わいい、恭弥さん。自分でお口塞いじゃうんだ。いいですねー。本当にあなたってオレを楽しませてくれるなぁ。」
綱吉は今にも舌なめずりをせんばかりの顔つきをして、嬉しそうにしている。


本当にこの怪物は、思考回路がどこかでねじ切れているんじゃないんだろうか。
雲雀が暴れたり抵抗したりすればするほど、何故か喜ぶのだから始末に負えない。
決して屈服してないんだぞ、とばかりに思いっきり睨み上げれば、さも嬉しそうに微笑まれてムッとする。
その姿が、仔猫が毛を逆立ててふーふー言っている姿のようで大層可愛らしいことに、雲雀自身は全く気がついていなかった。


「まぁ、もし逃げても当然追いかけますから、逃げるだけ無駄なんですけどねっ。でも探し出すまでの僅かな時間でも恭弥さんと離れているのは寂しいですから、やっぱり逃げて欲しくないなぁ。ね、お願いですからオレと楽しい週末を過ごしましょうよ。」
逃げて欲しくない、と下手に出ているくせに、雲雀を掴む力はまるで万力のようだ。
力ずくで屈服させておいてお願いも何も無いと思うのだが、あくまでも綱吉は雲雀に『お願い』するポーズを崩さないようにしている。
それがまた更に雲雀の神経を逆撫ですることに、果たして綱吉は気づいているのだろうか。

(…絶対、気がついててやってる。嫌がらせにもほどがある!)
雲雀は口を自分で押さえているため、無言のまま首を必死で振ったのだが、綺麗に無視されてそのまま引き摺っていかれた。
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