小説

□『ねこ』じゃないもんっ! U (3日目・昼)
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「それよりも沢田さん、あのですねー、そのー…。言おうかどうしようか迷ったのですが、沢田さんは山本さんの上司兼親友ということですし、やはり何かあったときのためにお耳に入れておいたほうがいいかと思いましてですね…」
何度も咳払いをしては言い難そうに言葉を濁す草壁に、綱吉は「な、なんでしょう…?」とどきどきする胸を押さえながら答えました。

「あのー、『ねこ』の生態については、人間と違うところが多々あるとお伝えしましたよね。…それでですね、山本さんはどうやら勘違いをなさっているようなので、敢えて訂正はしないほうが良いかと思って、その〜〜お伝えして無いのですがね…」
草壁はそこでまたエヘンとわざとらしい咳払いをしました。
「純血の『ねこ』という生きものは口腔内を愛撫…まぁ要するに深いキスをされると……そのう、『ああ』なってしまう、というのは昨日もお話させていただきましたよね」
山本にディープキスされて驚きのあまりへたり込んで泣きじゃくっていたアラウディを思い出して、綱吉はぽっと顔を赤くしながらこくこくと頷きました。

「それでですね、ここからが本題なのですが……エヘン、そのですね〜。一度『アレ』を覚えこまされた『ねこ』はですね、自分が好ましいと思った相手に対してですね、無意識のうちに自分から『アレをもう一度してほしい』というサインを出すことがあるのですが………あの〜〜わたくしの言っていること、お分かりですかね?」
「は…はぁ…。多分、まぁ辛うじて…?」

草壁の話は回りくどすぎて正直なところよくわからなかったのですが、綱吉はそうも言えず曖昧に頷きました。
「ですから、今後もしもあの方が人前で山本さんの指を咥えていたら、ちょっと、さりげなく、止めるように繰り返しお伝え頂きたいのですよ。どうも山本さんはあの行為を『幼くて可愛らしい』と誤解されているようなので……あえて藪を突いて蛇を出さなくてもいいかと思いましてですね…」
そうモゴモゴと語尾を濁した草壁の言葉を聞いて、後ろに控えていた獄寺が何故か真っ赤になってばたーんと倒れてしまいました。
「えっ! ええっ!? 獄寺くんどうしちゃったの!?」
「〜〜〜そういうことっすか! …十代目、だから、要するにですねっ、あのツンデレ美人の指しゃぶり、……あれって、山本に『もっと気持ちイイコトしてほしいの』って……さ、さ、さ、誘ってるってことっすよーっ!」
「えっ、さ、さ…誘……!? えぇ! えぇぇーっ!?」
綱吉は瞳をまん丸にしたまま絶句しました。

どうにもアラウディの言動が小ちゃなアディと重なって見えてしまうので、可愛くて稚い仕草だなぁ…などと微笑ましく思っていたのですが、本当ならばとんでもない話です。


「いや、そうあからさまに言ってしまうと身も蓋も無いのですが…。あの方はあくまでも無意識でして、自分がそんなコトをしている自覚は全くありませんので…。ただ、やはり公衆の面前では控えていただきたいと…」
草壁は額の汗を拭きながら、そう綱吉にお願いしてきました。
「は、はいぃ。今後、そのー、えーと、もしも山本が飼い主さんのままだったら、その辺はさりげなく注意しますんで! はい!」
「よろしくお願いしますね、沢田さん。そもそもわたくしは、成りは大人でもまだまだ幼いあの方の見合いにはあまり賛成ではありませんでしてね…。ただでさえ身体が弱く、生まれたばかりのときは『三日持たないだろう』と言われ、その次は『一週間持たないだろう』と言われ、その次は『一ヶ月持たない』と言われ……。全身にチューブを付けられて虚ろな目をしながら保育器の中に横たわっていたあの方を見る度に、それはもう胸が詰まる思いで…」
「アラウディさんって、そ、そうだったんですか…」
目頭を押さえながら切々と訴える草壁に、思わず綱吉たちも貰い泣きしてしまいそうになりました。
「ですからもう、昨日の元気で可愛らしい子供姿にわたくしどもがどれほど感激しましたことか! まともな写真ひとつ残っておりませんでしたからね。それがあのように写真もビデオも沢山撮れて、わたくしは山本さんにとても感謝しているのですよ。それに、山本さんはかなり純情なお方のようですし、なかなか実力のあるスポーツ選手でかなり稼いでおられるようですし、オフ時はボンゴレでの仕事もございますし、実家が日本ですし……。できればずっとあの方の飼い主のままで居て欲しいのですがね。幼い頃に薄幸だっあの方を、きっとたくさん愛でて甘やかしてくれるに違いありません。お見合いが成立したらすぐに既成事実を作らされるなど、まだまだ精神的に幼いあの方が気の毒で気の毒で…!」

ずびびーと盛大に鼻をすすりあげた草壁の横で、綱吉と獄寺は微妙な顔をしました。


「…あのー、十代目。山本のやつ、なんだか完全に面倒見の良いおっさん扱いされてませんかね。絶対に『こいつなら安全牌だし、なんでもハイハイ言いなりになりそうだ』とか思われてるような…」
獄寺がひそひそと綱吉の耳元で囁きました。
「いやーどうだろ。安全牌ったって、いきなりちゅーしたんだよ、ちゅー!」
「…それはそうですけど、今じゃもう、アイツの心の中ではあのツンデレ美人は幼児扱いっすよ、絶対。実際ちびっこくなれちゃいますし、押し倒してどうこうとか、頭の中から完全に飛んじゃってますって」
「そ、そうだったらいいけど…なんせ山本だしなぁ」
昔から天然と言われて山本節とかいう言葉まで作られているくらいなので、彼に関しては常識が通用しないんだけど……と綱吉は心の中で呟きました。
「山本ってさ、女性関係とか全くと言っていいほどウワサになったこと無いよねぇ……。まさか、全くの未経験ってことは無い…と思うんだけど……あの時のちゅーはめちゃくちゃエロかったしなぁ」
「そうっすねー、恋愛関係のウワサだと、リボーンさんの愛人説ってのが流れてたくらいで、後は聴いたことが無いっすね!」
「ぶっ! …そ、そんなウワサが流れてるんだ。は、ははは。ははは」


冷や汗を流す綱吉の横で、草壁は未だ思い入れたっぷりの一人語りを続行していました。

「あの方もそうですが、恭さんも人間で言えば中高生くらい、まだまだ幼くて健全にのびのびと不良を牛耳っていらした頃、白蘭の旦那にちゅーされたと思ったらあれよあれよという間に手篭めにされてしまって…! いえ、白蘭の旦那が悪いお人だとか、そういうことを言っているわけではございませんけれどね。成りはお若くても、精神的には恭さんはあの方よりもずっと大人びておられましたし……う〜ん、アレを大人といっても良かったのか…? なんだか段々腹が立ってきたぞ。敢えて考えないよう、考えないようにしていたけれど……。なんだこの、やり場のない怒りがふつふつと腹の底から!」
「いや草壁さん、『健全にのびのびと不良を牛耳る』ってなんですかー!」
慌てた綱吉は必死で突っ込んでみましたが、草壁は自分の世界へ旅立ってしまったようです。
ぷるぷると握りこぶしを握り締めながらうんうんと頷きだしました。 

「白蘭の旦那が推されているお見合い相手よりも、絶対山本さんのほうがあの方にはふさわしいですとも! そもそもですね、イヤよイヤよも好きのうち…といいますでしょう。あの方はふにゃふにゃとイヤだとか違うとか言ってますが、なに、みみとしっぽが仕舞えなくなったことからも山本さんが気になって仕方が無いのは明らかなんですからね。沢田さん、わたくしはこれからも『山本さんに飼い主になってもらって可愛がってもらおう、パートナーなんて居なくていいじゃないか』計画に全面的に賛成ですからねっ!」
「いつのまにそんな計画にーっ! ……でも、おみみとしっぽが仕舞えなくなったことからも…って何ですか? あれは山本に、えっと、ちゅーされてびっくりしちゃってお熱がでちゃったせい……で、すよね?」
恐る恐る綱吉が尋ねてみると、草壁はフッとシニカルな笑いを浮かべました。
「まぁ、表向きはそういう事になっておりますがね…。沢田さん、我々人間でもですね、気になる方が出来ると、あらゆる手段で相手の気を惹こうとしますでしょう? 外見を綺麗に着飾ったり、香水をつけてみたり、格好いい行動を取って張り切ってみたり。…奥ゆかしいあの方は自分の『ねこ』の姿が恥ずかしいみたいですが、なに、本能には逆らえません。『ねこ』の最大の魅力といえばやはりあのぴくぴく動く可愛いおみみと、ふわふわ揺れるしっぽですからね。無意識のうちに自分の魅力をですね、アピールして……」
ここで草壁はエヘンと、またワザとらしい咳払いをしました。

「…ええと、そのー。相手をメロメロの骨抜きにしようとされているわけですよ」
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