小説

□『ねこ』じゃないもんっ! U (後日談)
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『ねこ』じゃないもんっ! U (3日目・昼)から数日経った、イタリアでのお話です。




イタリアに戻ってきたボンゴレ十代目の沢田綱吉は、ここのところ元気が余りありません。
大好きだったお茶の時間が近づいても、ずっとため息ばかりです。

「うぅ…可愛いきょーやさん、今頃どうしてるのかなぁ…。一目だけでも会いたいよぉ…」
肩を落としてため息をつく綱吉の横で、嵐の守護者の獄寺が励ますように声を張り上げました。
「十代目、元気を出してください! 今の商談がまとまったら、少し休みが取れるように調整しますから! 半日くらいは日本に行けますよ、きっと」
「ありがとう獄寺くん…。でも今の商談って長引きそうなんだよね…ははは…はは」
虚ろな瞳で乾いた笑い声をあげつつ、携帯の画面を開いて愛しい子供の写真を見てばかりの綱吉の様子には、獄寺もほとほと困り果てておりました。
「まーったく、十代目はあの生意気なねこみみガキんちょに、ふにゃふにゃの骨抜きにされちゃったんっすよね。あの野球バカと同じように…」
そこで獄寺はぽんと手を叩いて、綱吉のほうを振り返りました。
「ああ、そーいえば忘れてたんっすけど、山本から10時のお茶に誘われてたっす。美味しい草もちを作ったそうで。良かったら今から行きますか?」
美味しい草もちと聞いて、綱吉の瞳に光が灯りました。我知らずごくっと喉が鳴っています。
「じゃ、ちょっとだけお邪魔しようかな〜」
「はい、では早速行きましょう」
二人は立ち上がって中庭に下り立ち、そのまま庭を横切っていきました。


ボンゴレのお屋敷の中庭から木戸を開けると、すぐお隣の洒落た洋館へのお庭に繋がっています。
その道を歩きながら、綱吉はにこにこと微笑んでいました。
確かに子供に会えなくなって自分は少し寂しいのですが、雨の守護者の山本が『ねこ』のアラウディと一緒にお隣で暮らすようになってから、全体的にはかなり賑やかになりました。

もちろん、アラウディは数ヶ月前からそこで一人暮らしをしていたそうなのですが、なにぶん広い敷地のボンゴレのお屋敷ですので、『お隣』といってもかなりの距離があります。
そしてアラウディは朝早くお仕事に出かけ、夜遅くまで帰ってこない生活だったため、綱吉たちとは今まで全く顔を合わせることが無かったのでした。
どうやら『部下』と称した『ボディガード』たちがさりげなく生活のフォローをしていたようなのですが、当のアラウディは全く知らず、楽しく一人で生活している気になっていたようです。
そのような一人気ままな暮らしをしていたアラウディですが、諸事情により今は一日中『飼い主』の山本とべったり一緒です。
果たして上手くいくのだろうか…と、だれもが心配しておりました。

初めて山本がアラウディと一緒に住み出したときは、絹を裂くような悲鳴が何度も聞こえてきたり、もみ合うような物音がどったんばったん響いてきたりして、時々庭から様子を伺っていた綱吉たちはかなりはらはらさせられました。
しかし数日経った今ではアラウディも少し落ち着いてきているようで、すごい物音や悲鳴は聞こえてはこなくなりました。
綱吉の計らいで、山本は今は仕事をお休みしてアラウディの側にずっとついているのですが、もう少ししたらお仕事に復帰してもらわなければなりません。
アラウディのほうもお仕事に復帰したいらしいのですが、ねこみみとしっぽが仕舞えない状態が続いていますので、なかなか思うように外出することができずに困っているようでした。


山本は洋館の庭先にテーブルを並べて、お茶の準備をしているところでした。
もちろん、その一角は高い塀に囲まれた場所で、外からは全く見えないようになっています。
ねこみみとしっぽを持ったウェアキャット、通称純血の『ねこ』のアラウディの姿を部外者に見せるわけにはいきませんので、そこには細心の注意が払われていました。

山本は近づいてくる綱吉たちを見て、にかっと笑って手を振ってきました。
「早かったのなー。まだ準備の途中だから、もうちょっと待っててな?」
「いやいや、ゆっくりでいいよ。…アラウディさんは?」
綱吉は引いてもらった椅子に座りつつ、きょろきょろと辺りを見回しました。
「ああ、ちょっと待っててな」
そう言って屋敷に引っ込んだ山本は、程なくして腕に小さな塊を抱いて帰ってきました。
それを見た綱吉は、驚きの声を上げてしまいました。

「あれ…!? アラウディさん、ちいさなアディちゃんになってる!」
「本当っすね、チビっちゃいのになってますね…」
獄寺は山本の腕におとなしく抱っこされている小さな姿を見て、やおら落ちつかなげにもぞもぞと身じろぎしました。
煙草臭くて嫌がられた記憶が蘇ってきたのかもしれません。

「うんー、なんか俺が草もち作ってる間に、退屈だったのか勝手に唐猫茶を自分でいれて飲んじゃったみたいでさー。気がついたらちびっこくなってたんだよな」
山本はそう言って苦笑しながら頭をかいていました。
アラウディは山本の胸にぎゅうっとしがみついたまま、大きな水色の瞳でじいっと綱吉たちを見つめています。

「アディちゃん、オレのこと覚えてるかなー?」
恐る恐る綱吉が手を差し伸べると、小さなアラウディはきゅうっと身を縮こませながらもおとなしくしていました。
「よかった〜。一応覚えててくれてるみたい」
そう言いながら柔らかなプラチナブロンドの髪をそうっと撫で撫でしていると、山本が笑いながらアラウディを綱吉の膝の上にぽんと乗せました。
「嫌がってないみたいだから、ちょっとの間抱っこしててくれるか? その間にお茶の用意してくるな」
アラウディはくりっとしたおおきな瞳を山本のほうに向けましたが、特に騒ぎ立てたりすること無く綱吉の膝の上でおとなしくしていました。
「うん、わかった。本当にアディちゃんになると、すっごくおとなしくなっちゃうんだねぇ」
「ははは、そうなのなー。アラウディのときだって、根はいい子なんだけどな。やたら強気な発言するわりに、こっちの様子をちらちら気にしちゃったりしてさ、可愛いんだよなー。んじゃ、アディ。いい子で待っててな。美味しい草もち用意してくるからな!」
山本は心底愛おしそうにちいさなアラウディの顎をこちょこちょ擽ると、その場を綱吉に任せて立ち去りました。

アラウディが山本の後を追ったりしないかとどきどきしましたが、アラウディはおとなしく綱吉に抱っこされたままでした。
「あーよかった。アディちゃん、言われたとおり待ってるみたい。言葉はあんまり通じてないのかもしれないけど、意思の疎通はちゃんとできてるみたいだね」
「そうっすかねー? 単に十代目のお膝の上が気持ちイイってだけかもしれないっすよ。ありがたくも勿体無くも、十代目にお膝抱っこしてもらえるなんて…なんてうらやま……」
偉い偉いとアラウディの頭を撫で撫でしている綱吉の横で、獄寺はなるべく距離を取りつつも横目でその様子を見ていました。

「アディちゃんのねこみみとしっぽ、すっごくふわふわな長い毛がついてて、本当に気持ちいいよね〜。…きょーやさんは短毛でしたけど、すっごくつやつや滑らかで幾ら触ってても飽きなくて……あああ、きょーやさぁぁぁん!」
ちいさなアラウディを撫で撫でしているうちに、感極まってしまった綱吉はアラウディをぎゅむっと抱きしめてぐりぐりと頬ずりを繰り返しました。
「あっ、十代目! いくらなんでもそんなに強く抱きしめたら…」
思わず獄寺が制止の言葉を発すると同時に、アラウディが苦しがってみゅーみゅー鳴きながら身を捩り、むうっと鼻に皺を寄せて綱吉の鼻っ柱をぺちんと叩きました。
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