小説

□こっそり『ねこ』裏話 〜もっさん色々とやらかす〜
1ページ/14ページ

『ねこ』シリーズの続きっぽいかんじで
こっそり『ねこ』裏話 〜草壁さんの憂鬱〜のもっさん視点。




俺の『ねこ』さんは、とても可愛い。

「きっきみが僕の飼い主だからっ、だから、そんなことも、ゆ、許してあげているんだからねっ」
事あるごとにいかにもしぶしぶという感じで頬を染めながらそう宣言する彼は、しかし強気な口調とは裏腹にいつも不安げな顔つきでこっそりと俺の動向を伺っている。
その様子が可愛くて可愛くて……俺はそんなアラウディに気づかないふりで「うんうん、飼い主にしてくれて有難うな〜」と笑いながら、頭を撫でたり髪を梳いたりしていた。

本来ならば、もうすこし小さな時から『飼い主』を付けるのが普通らしいのだが、アラウディは幼少時代をほとんど医療施設で過ごしていたせいで、今まで飼い主が居ない状態だった。
出会いが無いから、というのも理由のひとつではあったけれど、それ以上に、医療費が湯水のようにかかったせいだ。
純血の『ねこ』の飼い主というのは、『ねこ』の飼い主になった瞬間から全ての費用を負担することになるのだが、それを重荷に思う飼い主など居ない。
だが、それは愛しい『ねこ』を手元に置いて思う存分可愛がれるからであって、厳重に隔離されていて殆ど会うことも出来ず、そして無事成長できるかどうかもわからないアラウディに莫大な金額を注ぎ込んでも良い、という輩は現れなかったらしい。

「あれ? でもジョットさんはアラウディが小さな時に出会ってたんですよね? 彼なら喜んでそれこそ湯水のようにお金を注ぎ込んでくれる良い飼い主さんになったんじゃ…」
と俺が首を傾げると、いつも何かと相談に乗ってくれている草壁さんがわざとらしい咳払いをして困ったような顔をした。
「ええとですね…。彼はその…。『これぞ運命の出会い! ここで待っていればまた再会できるに違いない。なんといっても俺と小さな天使は運命の赤い糸で結ばれているのだからな!』と頑なに信じて、調査をして探し回るような無粋な真似はせずに、最初に出会った花畑で延々とお待ちになられていたとか。彼はなんというか、相当変わって……じゃない、かなりのロマンチストのようですな」

当のアラウディは、その頃には別の最新鋭の医療施設に移動していたとか。
ジョットさんがそこで待ち続けていたのは、見当違いだったということになる。
それでも数年後には白蘭と縁ができて、結局アラウディのお見合い相手の候補に選んでもらっているわけだから、運命の糸というのもあながち外れてはいないのかもしれない。





先日、日本でジョットさんやヴィートさんと夢うつつのままお見合いをしたアラウディは、完全にその事を『夢』だと思い込んでいた。

お見合いが(夢と思い込んでいるとはいえ)終わってほっとしたのか、すよすよと気持ち良さそうに眠るアラウディを見ていると、俺のほうも前夜殆ど寝ていないこともあって、ついつい空港のラウンジの仮眠室で彼の横に寄り添ってうとうとと転寝してしまった。
ところがアラウディはしばらくして『そらねこ茶』の効果が切れたのか、ぱっちりと目が覚めてしまったみたいで…。
ぴったりくっ付いてだれかが(俺だと最初わからなかったらしい)寝ているのを発見して仰天してしまったようだ。

「なっ、なに、なに!? どうして…こ、ここどこ!?」
悲鳴を上げて枕でばしばし俺を叩きながら、きょときょとと辺りを見回してパニックに陥っていた。
「ア、アラウディ、待って、待って。ほら、落ち着くのな」
俺は枕を振り上げている彼の手をそっと押さえて、顔を覗き込んだ。
以前みたいに『落ち着かせるために』という口実でキスしたり、頬を叩いたりしないように充分気をつけて、彼が落ち着くのを辛抱強く待つ。
同じ失敗はもう二度としたくない。

アラウディはしばらくびっくりしたように瞳を見開いて俺の顔を見ていたけれど、やがて首を傾げて「…やまもと?」と、か細い声でつぶやいた。
「ん…? 僕、まだ夢、みてる?」
心底不思議そうに俺を見つめるアラウディが無性に可愛くて、ついつい我慢できずに俺は彼の身体を引き寄せてぎゅっと抱きしめてしまった。
ひゅっと小さく息を飲む音が聞こえて、アラウディの身体が緊張する。
俺は慌てて草壁さんに教わった通りに彼の背中を優しく撫でながら、耳元で囁いた。
「ご、ごめんな、びっくりさせちゃった? でも、本当に夢じゃないから」
「夢…じゃ、ない?」
不安げな様子で、アラウディが反対側に小首を傾げた。
「うんうん。だって俺、あんたの『飼い主』だからさ」
「え……で、でも、昨日の夜、白蘭が…あなたは僕の『飼い主』止めちゃったって…」

それを聞いて思わず苦笑した。
自主的に『止めちゃった』んじゃなくって、無理やり『止めさせられ(そうになっ)た』んだけどなぁ。
そんな事を言うと、なんだか白蘭を非難しているみたいだから言うのは止めた。
俺を遠ざけたのはアラウディを心配してのことだし、実際俺は飼い主失格といわれても仕方が無いような酷いことを沢山してしまったわけだし。それに、なんといっても彼はアラウディの身内なんだしな。

「ううん、そんなこと無いぜ。ごめんな、不安にさせちゃってさ。俺、あんたの『飼い主』になるって、約束、したのに…側に居なくて、本当にごめん」
ぽんぽんと頭を撫でると、アラウディの瞳がゆらゆらと揺れた。
「や…くそく…」
ぽつりとそう呟いて、一瞬俯いていたアラウディだったが、すぐに僅かに頬を染めて俺の顔をちらちらと見上げてきた。
「う…。あ、の…。その……。ぼ、僕、昨日、…その……うそつき、なんて…酷いこと言って…あの…」
――ごめんなさい。
漸く聞き取れるか聞き取れないほどの、小さな小さな声が聞こえた。

「そんな、あれは俺が悪いんだから、あんたは謝ったりしなくていいんだ。本当にごめんな、お見合い中止にできなくてさ…」
「お…見合い…」
俄かにアラウディは不安げな様子できょときょとと辺りを見回しだした。
「そういえば、お見合い、どうなったの? 今からするの? だからこんな、見慣れない所にいるの? 白蘭は? 雲雀は…どこ?」
最後は殆ど叫ぶような状態で、俺は慌ててアラウディをぎゅっと抱きしめなおした。
「ま、待って! そんなに興奮しないでさ、落ち着いて。なっ? 大丈夫だからさ。お見合い、もう終わったんだからさ」
「お、終わった!? うそ…! じゃあ僕、もう買われちゃったの!? 今から移動するところなの?」
「ち…違う、そうじゃなくて………あんた、買われなかったんだよ!」
俺は必死で説明しようとしたけれど、なかなかとっさには思い浮かばなくて要点だけ叫んでしまった。

「か…われなかった? 僕…のお見合い相手、僕のこと…買わなかった…の?」
アラウディはぴたりと騒ぐのを止めて、喘ぐように呟いた。
「うんうん、そーなのな! あんたにはまだまだ『飼い主』と一緒にいるのが望ましいって………って、アラウディ、……聞いてる…?」
何故だかアラウディはぼんやりとした表情で「そう…やっぱり、僕って……」と呟いたきり、押し黙ってしまった。

「アラウディ? な、あんた買われなくてすんだんだぜ。これで安心できるよな?」
再度の呼びかけに、やっと顔を上げた彼はキッと俺を睨みつけた。
「こ、今回は買われなかったけど、でも…絶対また、べ、別の人とお見合い、するんだろ! だって…だって、僕、すごい借金があるんだもの! 白蘭に『お見合いしろ』って言われたら、断れないよ」

この時点では俺も『アラウディには莫大な借金がある』と思っていたから、そう言われて困ってしまった。
「いやあのアラウディ、借金は俺が何とかするからさ、そんなに心配しなくっていいから」
「そういうわけにいかないでしょ! あなた…そ、そんなに大金持ちじゃ…無いって、白蘭が!」

確かに、印税やら何やらで億万長者のジョットさんや、ダイヤモンド鉱山や油田を所有しているヴィートさんに比べたら、俺は貧乏の部類に入るのかもしれないけれど…。

「う…ま、まぁそりゃ…でも分割にしてもらうからさ、大丈夫」
あやす様にそう言ってぽんぽんと背中を叩いてみたけれど、アラウディはふるふると首を振って俺の腕の中から抜けだそうともがきだした。
「無理だってば! もう、これ以上は……! 離してよ、僕もう帰る! あなたも、僕の飼い主になるなんて馬鹿なこと言ってないで、帰ったほうがいいよ」
そう言って腕を突っぱねて暴れるアラウディを、必死でぎゅうっと抱きしめる。
なんだか此処で手を離したら、大変なことになりそうな気がした。
「ちょ、待って、そんな、何処に帰る気…」
「もう! 離してよ、帰るんだったら、帰るの!」
そしてアラウディはまだ手に持っていた枕で、再び俺をばしばし叩きだした。
「わわわ、ちょ、ちょい待ち…アラウディ!」

思わず手を離してしまったのと、「……なーにをいつまでもドタバタやってやがんだ」というあきれ返った声が聞こえてきたのは、ほぼ同時のことだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ