小説

□こっそり『ねこ』裏話 〜離れていくなら近寄らないで〜
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僕は、本当に可愛くない。


「いつも減らず口ばかり叩いて、ツンケン偉そうにして。可愛げの無い子」
だから未だにパートナーどころか飼い主も決まらないのさ、と雲雀に事あるごとに言われても平気だった。

パートナーや飼い主なんていらないもの。そんなもの無くても、僕はひとりで生きていける。







小さい頃の僕は、がりがりにやつれて発育の悪い、見栄えの良くない仔『ねこ』だった。
毛も満足に生え揃わないような、はげちょろのうす汚い仔『ねこ』に触れようとする者などいるはずもなく、いつも僕は白い部屋のベッドの中で、ただ時が過ぎていくのを待っているだけだった。
幾分か具合の良いときには、短時間のお散歩に『おじいちゃま』が連れ出してくれたこともあったらしいのだが、僕の記憶の中には殆ど残っていない。
顔も覚えていないだれかが『お前は将来すばらしい美人になるぞ』と言ってくれたような気もするけれど、きっとただの気のせいだろう。

朝起きて洗面台に顔を洗いに行くと、いつもがっかりした。
鏡に映し出されるのは、やせこけて瞳ばかりぎょろぎょろした、青白くて不健康そうな顔色の、ちっとも代わり映えのしない僕の顔だった。
ある日突然目が覚めたらつやつや血色も良くなって、元気にお外で遊べるようになるなんて……そんな魔法みたいな素晴らしいことは一切起こらなかった。


僕はたまに来て抱っこしてくれる『おじいちゃま』が自分の飼い主なんだと勝手に思っていたのだが、あるとき唐突に雲雀に言われた。
「あれはぼくの飼い主だよ。きみのじゃないからね」
でもたまになら貸してあげる、と幾分得意げに雲雀が言うのを聞きながら、僕はぼんやりと理解した。
おじいちゃまは、僕のじゃない。だから、必要以上に側によっちゃいけないんだ。

雲雀と僕はそんなに年のころは変わらないはずなのに、雲雀が幼年期を脱して成長期に入っても、僕は相変わらず幼年期のままだった。
雲雀はずいぶんとやんちゃな成長期を過ごしたらしく、『おじいちゃま』はぎっくり腰になって飼い主を引退してしまい、よく老人と一緒について来ていた『くさかべ』が雲雀の新しい飼い主になった。

そうか。『くさかべ』も、僕だけのじゃないんだ。
彼の大きな手で髪を撫でられるのはキライじゃなかったけれど、僕はもう以前みたいに気軽に『くさかべ』に近寄らないようにしなきゃって思った。


僕がいた施設には、他にもたくさん『ねこ』がいたけれど、彼等は僕のような純血の『ねこ』ではなく、愛玩用の仔『ねこ』たちだった。
彼等は軽い病気や怪我でこの施設を訪れては、すぐに良くなって飼い主の元へと帰って行った。
そんな彼等の姿を横目で見ながら、僕はもうずっと長いこと、この施設にいた。
以前は違う場所で静養していたらしいが、叔父が新しく研究所を建てて僕を連れてきたのだ。

ここのスタッフの人たちは、多分僕のことも愛玩用の『ねこ』だと思っていたんだと思う。
「お金持ちの道楽はよくわからないわ。あんなに毛並みの悪い発育の悪い愛玩『ねこ』に、特別室まで与えて」
「そうだな。もっと可愛くて元気がいい愛玩『ねこ』は沢山いるのになぁ。なんでアイツだけあんなに優遇されているんだろうな」
「俺たちには関係ないことさ。それよりも、自分の当直のときにアイツに大事が無いことを祈ってるぜ」
「そうそう、何かあって責任とれとかいわれても、無理だからな。構うのは必要最低限にして出来るだけ触れないほうがいい」
彼等はそんな事をいいながら世話をしにきては、そそくさと部屋を出て行った。

『お金持ちの道楽』。
僕は生まれたばかりのときに親に育児放棄されて、後見人の叔父が僕の面倒をみるようになった。
一応表向きは『叔父』ということになっているけれど、多分本当に叔父なわけじゃないんだと思う。
雲雀と僕の関係も、多分『いとこ』では無いんだと思うが、人に聞かれたらそう答えなさい、と言い含められていた。
容姿が似通っているから、彼等と僕の間にはなんらかの血のつながりはあるんだろうとは思うけれど、本当の関係はわからない。







誰もほとんど構おうとしない僕を、構ってくれたひとが一人だけいた。
途中から新しくかかりつけになったお医者さまの先生だ。
『男は診ない』主義だと小耳に挟んだけれど、僕はにんげんじゃなくて『ねこ』だから特別だったらしい。

「よぉ。あの暴れん坊主の身内とは思えんほど、お前さんはおとなしいなぁ」
先生はそう言っては、ベッドにもぐりこんでいる僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

最初は胡散臭いにんげんだと思って警戒していた僕も、段々と先生の訪れを楽しみにするようになった。
先生が来るときっていうのは、色んな検査だとか苦いお薬だとか、とにかく我慢しなくちゃいけないことばかりで辛かったけれど、それも気にならないくらい先生に会いたかった。
先生は僕を抱っこしてくれたり、肩車してくれたり、とにかく気軽に触れてくれた。
「ドクター、そ、そんなことをして、もしもその子の体調に異変がおきたら…」
助手らしい人は声を震わせていつもそう言っていたが、先生は「かまわねーって。俺がちゃんと診てるんだから、そうそう何か起こったりしないさ」と全然気にしていないみたいだった。
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