小説

□こっそり『ねこ』裏話 〜離れていくなら近寄らないで〜 その3
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次の日、僕はベッドの隅っこでくるりと丸まっておチビを待っていた。
何があってもお散歩コースを変える気は無いみたいだから、一度僕の寝室を覗いてから隣のお庭に行き、そしてまた戻ってくる――ということになるだろう。
果たして、昨日と同じようにぱたぱた足音がしたと思ったら、今日はドアの隙間からじいっとこっちの様子を伺っている。
わざともそもそと寝返りを打っているような動きをしたら、安心したのかパタンとドアが閉まる音がして、そのまま足音が遠ざかっていった。

これでしばらく待っていたら、おチビは戻ってくる…はず。
『つなよし』の出張は数日かかるって言ってたもの。


ところがいつまで経ってもおチビは帰ってこなかった。
あんまり遅いので我慢しきれずにお隣を覗きにいってみたら――

きゃいきゃいと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
見つからないように遠くからこっそりとお隣の庭を覗き込んだ僕の瞳に映ったのは、幸せそうにおチビを抱っこしている『つなよし』と、つなよしの膝の上でご満悦でもぐもぐお口を動かしているおチビの姿だった。

…なんだ。もう出張から帰ってきちゃったのか。
数日は居ないって、言ってたのに。
おチビが聞き間違っただけかもしれないし、つなよしが早く切り上げて帰ってきちゃったのかもしれない。

この調子なら、おチビ……僕のところには寄る暇が無い、かも。
むうっとムカついてしまって、鼻にしわが寄ってしまう。

ねこみみがぺたんと垂れてしまうのを自分で感じつつ、引き返そうかとため息を付いた時だった。
おチビが伸び上がってぺろりとつなよしの口元を舐めたのだ。

お口まわりを綺麗にするグルーミングは、親しい『ねこ』同士の間ではそんなに珍しくも無い行為なんだけれど…
『にんげん』にはしちゃだめだって、小さい時から教えられてるはずじゃないの!
なおもぺろぺろとにんげんの口周りを舐めているおチビに、あきれ返ってしまう。

「あう…あう……、かっかぁわいいですううう」
『つなよし』は何やら感極まったような妙な声を発しながら、いきなりおチビに覆いかぶさって、うちゅっと高らかな音を立てた。

え…?
今……、あのにんげん…おチビに…キ………!?

おチビはきょとんとした顔で、特に嫌がった風も無く「つなよし…。いま、ぼくのお口にちゅー、したの?」なんて呑気なことを言っていた。


僕はもうびっくりしてしまって、あんまりびっくりして……気がついたら自分のベッドの隅っこで毛布を被って丸まっていた。
動揺しすぎていつのまにかお家に戻ってきちゃったみたいだ。
ぱさっぱさっとしっぽが横に忙しなく揺れているのがわかるけれど、これは勝手に揺れてしまうので自分では止めようがない。

僕はあのにんげんは、おチビのことを愛玩用の『ねこ』と勘違いして(なんせ僕たちは小さい時は愛玩用と見分けが付かない)ペットみたいに可愛がっていると思っていたんだけど、まさか…まさか、おチビのことを、か、か、かどわかすつもりだったなんて!
『にんげん』は僕らとは全く別種の生きものだから、僕らにはとても神聖な儀式のキスも、挨拶とか遊びで気楽に複数の人たちとするって聞いている。
おチビはまだ小さいから、きっとそのへんのこと、全く分かってないに違いない。
僕が気をつけてあげないといけなかったのに! 今からでも間に合うかなぁ…?



枕の端っこをカプカプしながら唸っていたら、ぱたぱたと軽い足音が響いてきた。
おチビ!? 今日はもう来ないと思ってたのに。
足音はベッドの横でぴたりと止まった。
毛布の端っこがするりと持ち上げられて、おチビのきらきらした瞳がこっちをじいっと覗き込んでくる。

「また丸まってる。あなた、お布団の中でくるっとなるの、好きだね」
「う…、うん」
ちょっと恥ずかしいな…と思いつつ、僕はこくりと頷いて鼻先を布団からほんの少しだけ出した。
おチビがすりっと自分の鼻をこすりつけてくるのを鷹揚に受け止める。

「あなたがしてほしいって言ってたから、しにきてあげたよ」
おチビは偉そうにそう宣言すると、そのままつつつっと鼻先を首筋からねこみみに這わせていく。
「ひゃ!? くすぐったいよ!」
「それくらい、がまんしなよ」
そう言われて押さえ込まれたんだけれど、丁度わき腹を触られて我慢できなくなった。
ねこみみやしっぽを毛づくろいしてもらうのは気持ちいいけれど、首筋や脇腹を触られるとくすぐったくて仕方が無いんだもの。

「むり、むりー! くすぐったぁい!」
笑いながらぱたぱた手足を振り回していたら、おチビは呆れたのか体をずらしてねこみみだけお上品に舐め出した。
「これでいい?」
「うん、気持ちいい…」
僕はうっとりと瞳を閉じて枕にぺたっと顎を乗せた。喉が自然にぐるぐる言い出したのが自分でもわかる。
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