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□俺的馬鹿についての持論
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現実問題、世の中は馬鹿ばっかだ。
ちょっと話が盛り上がったからって一緒に連んで親友気取り。興味本位と自意識過剰で彼女彼氏といちゃこらして、振られたから早退とかアホらしくて笑える。
人間なんてもともと一人なんだから、そんな表面上の関係持ったって崩れるもんは崩れるし、無かったことにだって出来るんだぜ?なのに絆だとか仲間だとか勝手に盛り上がっちゃって、端から見てて恥ずかしいっつーの。
だからさ、周りの人間とはテキトウに付き合って、上っ面だけで絆とやらで盛り上がって、楽しい時だけ内輪に入りゃいい。それが人生の楽しみ方だと、俺は常々思う。

「なあ、俺と競争しね?」

だから、クラスに1人は絶対いるこういう意味不明な人間が俺は好きじゃない。俺が嫌な顔してるのが分からないのか、ヤツはこう続けた。

「屋上まで、競争しようぜ。お前こないだのタイム俺より速かったんだよ、悔しいから、競争しようぜ」

く、くだらねえ!
何が悲しくてお前が悔しいからって屋内で全力疾走しなきゃならないんだ、馬鹿の極みか!

「なあ、暇なんだろ?ちょっと付き合えよ」
「馬鹿じゃねえの、嫌だね」

言い放ってから少しだけ後悔した。毒を吐いてしまった。後で人間関係面倒になったら相当だるい。
気を取り直して「ごめん、用事あるんだ」とか言って取り繕うかとヤツを伺うと、心なしかヤツの口角が上がったように思えた。

「そうだよなー、もし俺が勝ったらやだもんなあ」
「は?」

馬鹿じゃねえの。そんな安易な考えで俺が話に乗らないとでも思ってんのか、こいつ。

「まあ確かにタイム計ったの結構前だし、怖いもんは怖いわなあ」

や、だから違ぇし。
とも言えず、ムカムカした俺はヤツの挑発に乗ってやった。

「時間あるし、別にいいよ」
ヤツは効果音が出そうなくらいニヤッと笑った。




ヤツの合図で勢いよく地面を蹴った。
コースは自由。とにかく先に屋上に着いたもん勝ち。
ここで勝負を分けるのはどれだけ人通りの少ない廊下階段を使うかどうかだ。職員室前は即却下。教室のある廊下より特別教室がある廊下を通り、且つ屋上までの最短距離を頭の中で決める。
スタートでは俺が速かったけど、ヤツとは途中で分かれた。今どこでヤツが走ってるか分かる術(すべ)はない。けど俺が勝つに決まってる。あんなアホ面の馬鹿になんて絶対負ける訳ない。
腕を大きく振って階段を登りきれば、廊下に出る。ここを突っ切れば屋上のドアにぶち当たる。
今のところヤツは――――見えない!

「っし」

ラストスパートに足の裏が熱くなるのを感じた。
普段長いように感じられたこの廊下もあと半分という所になった。

「安瀬!」

ヤツだ。中央階段から来やがった。俺と合流する形になった。ヤツがこの廊下に出た時点で俺とほぼ同時。いや、ヤツの方が半歩早い。
ちくしょう。ここまで来て負けてたまるか。
最早息をしてるかどうかさえも分からなくなったまま両足に力を込める。
隣からはううともおおとも似つかないうめき声が聞こえきて、それに応えるように俺は奥歯を噛み締めた。
ドアノブに先に手を伸ばしたのは―――俺!
案外軽かった古びたドアをこじ開けて屋上に飛び出る。
斜め後ろから肩にぶつかってくるものがあって、足がもつれてしまいそのまま地面に倒れ込んだ。

「はっはっはっ」

荒い息使いのまま仰向けになり、ゆっくりとまぶたを開ける。
晴天 だった。
息をのんだ。

「はっ、綺麗、だろ?」

それはヤツの声で、俺と同じように隣で仰向けに寝ていた。さっきぶつかってきたのはヤツだろう。
ということは、勝ったのは俺か。
思いのほか早く流れる雲をゆっくりと眺めて体を休める。

「ぶ」

ヤツの吹いた音が聞こえた。

「ぶふっははは!」
「なんだよ、きしょく悪いぞ」

眉を寄せて隣を見やると、腹を抱えて笑い転げるヤツがいた。

「お、お前、負けず嫌いすぎっ」

そんなことを言われたのは初めてで、思い当たる節を探した。

「言っとくけど、さっきの挑発はワザと乗ったんだ」

睨みつけながら言うと、目の端の涙を拭いながらヤツは答えた。
「それだよ。知ってて乗ったんなら余計、自分が負ける可能性が少しでもあるのが嫌だってムキになってたってことだろ」

「はあ?訳わかんねえ。どんだけ曲解してんだ、馬鹿じゃねえの」

今度は思いっきり毒づいてやった。そしたらヤツはさっきみたいにニヤッと笑った。

「でもさ、こうやって大空と向き合ってみたら、馬鹿じゃねえのって言ってる自分自身がアホらしくなってこねぇ?」

もうすでに俺たちは呼吸も普段通りに正常に働いてたから、ヤツにそう言われて思いっきり息を吸ってみた。
ゆっくりとあの青が俺の中に流れ込んできて、風が吹くたびに体全体が震えた。視界いっぱいに広がる大きな空間に、まるで俺自身が大空になったみたいに感じさせられた。

「全神経に染みてるのに、確かに俺らが存在してるって分かるんだよなぁ」

ヤツの呟きは、悔しいけどたった今俺が感じたものとおんなじで、強く共感できた。

「…でもお前よくそんな恥ずかしいセリフ言えるな」
「はぁ?フツーだろ。つーかむしろお前には若さが足りない!」

と指さされて、ああ確かにとか思ったあたり、完全にヤツのペースに巻き込まれてる。ちくしょう。
ヤツは再び空を見据えて両手を頭の下に添えた。

「安瀬はさぁ、真面目すぎんだよ。色々考えすぎ。たまには理屈じゃない何かで動いてみたら?」
「…それによって俺に何らかの利点があるのか」

鼻から抜けたような声でヤツは笑った。俺はヤツのこういう、おちょくってるような言動がとても嫌いだ。

「この空を見上げた瞬間、すっげえ気持ちよかっただろ?そういうのがメリットなわけ」
「…理解しにくい」
「でもたまにはいいだろ?」

目を瞑って見上げた瞬間を思い浮かべてみた。

「本当に一瞬、心が真っ白になる。そういう気持ちこそが理屈じゃない何かなんだろうな、きっと」

ヤツは時々、俺が考えないようなことをさらっとこぼす。でもそれは時として新しい核心で、ある意味での答えになってる気がした。
気付いたらヤツは腰を上げていて、目を開いた俺に向かって手を伸ばしてきた。

「安瀬って意外とアツい奴だよな、プライドもだいぶ高いけど、ただひねくれ者ってだけじゃないのが知れてよかった」

更にずいっと手を差し出してきたのには見かねた。

「この手はなんなんだ、友達になろうってか?くさいことしてくれんなよ」

俺はヤツの手を掴んだ。

「確かに友達にはなりたいな。でもさ、安瀬、」

ヤツは効果音が出るくらいニヤッと笑って俺を引っ張る。

「友達って気付いたらなってるもんなんだぜ?」


   END
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