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□夕日
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ここはアメストリスのとある小さな村。


時刻は夕刻。


沈みだした太陽は村の畑や家々をオレンジ色に染め出し、畑仕事をしていた農夫たちの姿もほとんどないのも加わって、昼間とは一風変わったどこか物寂しい雰囲気を村に与え始めている。



近くの街から続くこの村の田舎道は小川に沿いながらも途中で二つに別れ、一方はそのまま小川に沿いながら地平線の彼方へと消えていき、また一方は小川から外れた細道となって村はずれの小高い丘にある古びた屋敷まで続いていた。








この田舎道を歩いている少年がひとり…。




少年の名は“ロイ・マスタング”という。




現在、彼はこの村唯一の錬金術師に師事しており、師の家に住み込みながら錬金術の基礎を学んでいる…いわゆる錬金術師のたまごである。



今はその師に頼まれた荷物を近くの街へ届けに行き、いくらか錬金術の書物を手に入れて帰ってきているところだった。





デコボコに窪んだ道を歩きながらロイはつぶやく。




「ふぅ……、いったいいつになったらホークアイ師匠(せんせい)の錬金術を学ばせてもらえるんだろう」



この“ホークアイ”という名前の人物がロイの錬金術の師である。


このホークアイという人物は少々変わっている男で…、いや生来、錬金術師というのは本来変わり者が多いと言われるのだが…それはこの際置いておくこととして…


彼―ホークアイは村はずれの丘にある古びた屋敷に住み、一日中錬金術の研究に明け暮れているため外出することがほとんどなかった。


そのため彼は外に出る用事ができると今日のように弟子であるロイにお使いを頼む。


その用事の内容というのは今回のような届け物であったり、手元にない錬金術の書物の調達であったりと様々で、場合によっては遠くの街まで足を運ばなければならないこともあったが、毎日錬金術の勉強ばかりしているロイにとってお使いを理由に外出できることがたまの息抜きになっていることも多い。


加えて、ホークアイが手元にないから手に入れてこいという書物の大半はロイに錬金術の基礎を学ばせるために必要なものであったりするため、血色の悪い青白い顔をしたホークアイがお使いを頼む度、ロイは研究一筋の師匠も一応は自分のことを弟子として気にかけてくれているらしいと内心嬉しく思うのだった。




しかし、その一方では一端しか見え隠れしないホークアイの研究に日に日にロイの興味が増していくのも事実で、自分はまだ基礎を学ばなければならない身であるのは承知しつつもロイはホークアイの研究の中身が気になって仕方がなかった。




ホークアイはいつも自分の錬金術を最強とも最凶ともなりうる錬金術だと言う…。




(ということは…、自分がそれを受け継ぐのに相応しい錬金術師かどうか見極めるまでは研究内容を自分に教えることはできないというのが師匠の考えなのかもしれない…)



ロイは最近そう思い始めていた。だから、師匠の錬金術を学ぶためにも早く一人前の錬金術師になりたいと思うのだった。






そして、ロイはここまでの思考を断ち切るようにぐんっと伸びをし、あたり一面に広がる風景を見渡す。



すると、小川の流れる音や土手に生えた草の匂い、遠くに見える水車小屋というものがロイの頭の中で急に鮮明になり、思考に耽っている間は感じなかった開放感がロイの身体全体を駆けめぐり始めた。




と同時に、ロイのお腹が急にぐぅっと鳴った。その音を聞いて、ロイははじめて自分が空腹だったことに気付く。考えてみれば今日は朝食べたきり何も口に入れていなかった。





早く屋敷に帰ろう―――




夕方の肌寒くなりはじめた風を感じながらロイは足早に歩を進めた。





それからロイはしばらくの間、もくもくと屋敷に向かって小川に沿った道を歩いたが、途中でなんとはなしに小川の土手の方に目を向けた。



すると、なにやら見慣れた金色の頭が土手の草むらの間にぴょこんとあるのが見えるではないか。


立ち止まったロイはまさか…と思いながらもう一度その金色の頭の後ろ姿をじっと見る。



やっぱり、そうだ。そこにいるのは彼女に間違いなさそうだった。でも…、なぜあんなところに座り込んでいるのか…。



不思議に思ったロイは滑らないように気をつけながら土手の斜面に一歩足を踏み出すと、彼女に声をかけた。




「リザ…、リザじゃないか?」




すると、リザと呼ばれたその金髪の少女はビクッと肩をふるわせて振り返った。



「…マスタングさん…?」




リザは突然自分の名が呼ばれたことに驚き、目を見開いてロイの顔を見上げていた。

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