book2

□bitter
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気持ちの良い晴天、空気が冷たい冬の陽の清々しさに身を任せて歩く先に見つけた、雲一つない空に向かって昇る煙の先にいたその人物に、心が曇る感覚を覚える。隠れようか他の道を行こうか。そんな風に考えたときにはもう遅くて。振り返ったその人は見慣れた笑顔でやあ、と手を上げた。

「あれぇ、奇遇だねぇ。」
「どうも、こんにちは。」
「なに?また教授の気まぐれ?」
「えぇ、まあ。」

同じ大学のサークルの一つ上の先輩だ。正直、この際はっきり言えば、私は去年私が入学してサークルに入ってから何かと絡んでくる先輩が、このへらっとした先輩が、いや、先輩の持っている煙草が嫌いなのだ。


「で、これから暇なの?僕も暇なんだけどさ…」
「残念ですが、2限はなくなっても3限があるので。」
「つれないなぁ…やっぱり君って俺の事嫌い?」
「……別に。」

ぶっちゃけ、見た目は悪くはないと思う。すらっとしてるけど肉がないわけではなくて。服のセンスも良いし、顔も整っている。髪もちゃらちゃらした茶髪ではなく落ち着いた色というのに黒い眼鏡がまた好印象を受けさせたり。大学内で女の人に声をかけられているところも度々見る。そこまでだったら私だってそりゃあお近づきになりたいと思っただろう。ただひとつ、先輩が喫煙者(しかも見る度吸っているところを見ると、かなりのヘビースモーカーだ。)でさえなければ。

「そんなに煙草吸ってると、肺が真っ黒になっちゃいますよ。」
「気づかってくれるの?ありがとう。」

…こういう風にのらりくらりかわすところも、嫌いだ。そう言う代わりに先輩の横を早足で歩く。昼休みになる前に食券を買っておこう。一番美味しいスパゲッティセットにしようか。今日のセットメニューはなんだろう。そんな風に考えを紛らせながら歩いても煙草の匂いが追ってきて、顔をしかめる。

「(嫌いだ。
煙草も、先輩も。)」

「あ、ねぇ。」
「…はい。」
「このチョコ、なーんだ。」
「それって、冬季限定の、」
「甘いの好きなんでしょ?」

不意に向けられた言葉と不敵な笑みにドキッとする。なんでこの人はこうも私を掻き回すのが得意なんだろうか。私は、ココアみたいな、チョコみたいな、マシュマロみたいな、甘くてふわふわした愛くるしい毎日が好きなのに。

「…別に、いりません。」
「あれ、いらないの?」

どうやら私が釣られるとでも思ったらしい。先輩は、驚いたような顔をしている。つられてたまるもんですかい。ばかめ。そんな風に意固地になってしまうのだ。別に『わーいうれしいー先輩ありがとう!!』と言って愛想笑いでもすれば綺麗に収まるのだろうけれど、私の中の何かが許さなかった。あれ、私ってこんなに頑固だったっけ。

「煙草の匂いのついたのなんていりません。」
「えー、ついてないと思うけど…まあいらないなら無理強いはしないけどね。」

そう言う先輩の顔にはもう寂しさはなくて、またかわされたのかと思ったとき、胸がチクリと痛んだ。今私はどんな顔をしているのだろうか。自分から冷たくしたくせに心は揺れていて、冬の寂しさも相まって泣きそうな錯覚すら心をよぎった。冬のせいだ。そうに決まってる。

「…、それじゃあ私は、」
「ねぇ。」

揺れた心に、視界がリンクしない。心も視界も揺れて酔いそうになったのは、力強い男の人の手が私の腕を引っ張ったからだと気づいた。

「知ってる?好きと嫌いは紙一重であって、反対じゃないんだよ。だからね、」

━━━━君はきっと、俺の事を好きになるよ。


ああ、きっと。こういう少し強引な所が、鼻を掠める苦い匂いも心臓に悪い不適な笑みもなにもかも全て包み込むぐらい甘くて、だからきっと、私は揺れるんだ。

ビターなコーヒーヌガーを包み込んだ、ミルクチョコみたいな。



bitter


煙草は大嫌い。


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