book2

□きみの元へ
1ページ/1ページ


あの人の好きな声を好きになれない。

「(これにはなれないなあ。)」

耳から流れてくるのは、教えてもらった女性のバラードだ。ビー玉みたいに透き通った声は、弾けるギターの音と同調して私の心に染みる。自分で聞いているくせに聞きたくなくなって、耳を塞ぎたくなって、私はそれでもなにもしなかった。涙は、いつだって隠れている。私の心は、じれったく足踏みをした。

「だって好きなんだもの、仕方ないでしょ?」

ああ、だから私の心なんて嫌いだよ。

「またまた。」

だから、嫌いだって。

「認めちゃいなよ。」

しつこいなぁ。

「僕を嫌いな君に、」

やめてよ。

「君なんかに、」

やめて。

「誰かを愛せると思ってるの?」

囁いた心は、うっすらと笑って私の肩に手を置いた。


「君は声も、顔も、体だって、どうしても、一番にならなくちゃ嫌じゃない。そんなわがままな所だって、可愛くない。誰も好きになんかならない。」

心だって、きっと寂しいんだ。同じだ。不安で、怖くて、それでも息をしなくちゃ、酸素はキスをしてくれない。だから私は、今日もあの人の足音を聞くのだろう。今日もきっと、あの人の指先の痛みを感じるのだろう。


「ねえ、もうあの人の好きなものなんて、知りたくないよ。だって、私は、私たちはそれになれない。そうでしょう?苦しいだけじゃない。なのにどうして君は平気で笑ってるの?」


心は必死に語りかける。それでも私は止まらなくて、その代わりに心臓は煩くなった。

「君が止まらないなら、このまま一生分の心拍数を使いきって死ぬわ。」


それでも足は止まらない。どうしてかなど、言わなくてもわかっていた。

「ねえ、ねえってば。わかったよ。もうやめるから止まってよ。ひどく怖いのよ。」

「(怖いのは、きっと、同じだから。)」

「え?」

「(怖くない人なんて、いないから。寂しくない人なんて、いないから。痛くない人も、涙を流せない人も、私だけじゃないから。だから、止まれないよ。)」

止まらないのではなくて、止まれないのだ。だって私は、触れた痛みを知ってしまったから。だから、止まれないのだ。

「わからないよ。」


それでいい。どんなに、一番になれなくとも。涙が流れようとも。この足が止まらない限り、私は歩いていく。時に駆け足になって転んだとしても、私は立ち上がりかたを知っている。心に触れたあの人の痛みを落とさないように大切に抱きながら、向かう先へは一本道なのだから。






争いは嫌い。




.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ