book2
□夏の檸檬
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かくれんぼをしていた笑窪が見えた瞬間や、白くて華奢な手が愛らしく誘った瞬間や、湖のように濡れた瞳が揺れた瞬間
きっと、誰かが誰かに惹かれる瞬間なんていくらでもあって、だから私たちは、被っているつもりもない仮面を脱いだ瞬間に、誰かの枝を手繰るのだ。そしてその葉をちぎって揺れた心など知らないフリをする。
私はそれを知らない。仮面など、誰かの葉など、知らない。
初夏の風に揺れるマキシ丈のスカートの先で、耳に流れ込むPerfumeの愛らしい声の先で、檸檬の実が転がる。爽やかで苦くて口に広がる黄色は、その訪れと共に私の枝を手繰り寄せて、心は、揺れる。
だから私は、その檸檬の実があの子の足下へ転がらないように、自分の仮面など、あの子の仮面など知らないフリをしてまだ若い葉を弄ぶ。ゆっくり、ゆっくり、その振動がまるで依存性を持つと錯覚するまで。私がその酸味に唾液を垂らすように、私を味あわせてあげる、と。
もしあの子が仮面を脱ごうものなら、あの子の実も花も踏み潰してやるわ。
夏の檸檬