book2
□潮騒
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「はーあ、くだんね。」
言葉の波紋は、決して誰にも届かない。どんなに激しくても、どんなに強くても、どんなに。どんなに届けたくても、彼女には届かない。この波紋で彼女を巻き込んで、彼女の体を私の心の底に沈めてしまいたくとも、それは無理だ。
だって私の笑顔がそれを止める。彼女の笑顔がそれを止める。そのかわりに沈んでいくのは私の心だ。自らの波紋に溺れ自らの激しさに熔けていくのを待つだけ。そうしたらきっと涙だってわからなくなると、この歪んだ顔もわからなくなると信じてやまない。
そうして歪ました私の心は、そこから生まれた波紋のもとは、海の底そのもののようで、それはひどく暗くて、見にくくて、醜くて、その底が見えない底だ。
「ただの妄想も、きっと想い続ければ心の外に出て、相まってしまうのだから、気を付けなきゃね。」
なんてそんな気もないくせによく言うよ。
「当たり前のように微笑むその口を歪めて、その強い瞳を潰して、その耳も引きちぎって、その指先を、清々しいほどに赤く染めたいわ。」
「そんな想いなんてくだらないといっただろう?」
「あらあらまあまあ」
「だからこんな風になるから、もう、いっそ、」
「後悔はしたくないのに」
「私だって彼女が好きよ。」
「愛されたいだけの彼女なんていらない知らない見たくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「もう、許してよ。」
「誰か私の波に触れてよ。」
「この激しさを知ってよ。」
「そうして私を抱き締めてよ。」
「ねえ、君に言ってるんだよ。」
「ねえ、聞こえてるの。」
ねえ。
私のからだはもう、この波の底だよ。
潮騒