book2
□海、夕焼け写真
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寝ぼけ眼でただ部屋を彷徨った。
私の好きなあの影がいない。
時計を見れば、針は11時をさしていた。そうだ、今日は日曜日だ。
それなのにどうしていなくなってしまったんだろう。
そう考えて気がついた。影なんてのは最初からいなかったのだ。
ただただ恋慕するあまり、どうしていないのだろうなんて思ってしまったらしい。
痛々しい話である。
「………さん、」
例えば私がそう呼んだら、どう答えるんだろう。
微笑むだろうか。なに?と優しく答えるだろうか。私の名前を呼んでくれるだろうか。
でもそれは、ただ虚しく部屋に反響しただけだった。砂糖のような甘い響きは、海に溶けてなくなった。
海に帰りたい。
そう思い始めたのはいつからだったか。自分がどこにいるかわからない今となっては、海はずいぶん遠いように感じる。カモメの鳴き声も、漣も、青も、冷たさも、すべて遠くて、迷子だ。どうして私はそこから出てきてしまったのだろう。
「恋しかったんだよ。空が。」
誰かが言った。
私はふらふらとした足どりで窓辺まで行ってカーテンを開け、ベランダへと出て空を見上げた。雲はあるけれどとても清々しい青だった。
飛べないなぁ。
空は恋しいけれど、それは叶わない恋に似た気持ちのようだった。
届かなくて、だからこそ手を伸ばすのだ。
飛べないことはあまりにも当たり前で、それはまるで、初めて海から出てきた魚がその美しさに胸を動かされたような、そんな感覚。
だから、好きになったのだって、あまりに当たり前のことなのだ。
空のように優しくて、たまに意地の悪いあなたを好きになったのは、きっと偶然なんかじゃなかった。
隣で夕焼けを綺麗だねなんて言って、この恋しさを伝えたい。
そう思ったとしても、おかしくはないでしょう。
それなのに。
なのにどうしてそんな風に突き放すのですか。
でないときっと私は涙で海を作ってしまいかねないのです。
海、夕焼け写真