book2
□魔法使いにキスを
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魔法使いであることを自覚してから、どれだけたったかわからない。
「(いたたた…。)」
こんな大怪我をするのは初めてだった。
暗闇のせいで、どこを怪我しているのかもわからない。
ただわかるのは、このままこちらの世界にいれば自分の魔力が弱まることだった。
「(もう、なにも喋っちゃいけないのか。)」
怪我の原因は、魔法の暴発だった。自分の魔力の強さを自覚できていなかったらしい。色々な魔法を色んなところで振りまきすぎた。本当は、魔法にかけたいのはただ1人だったのに。そのせいでどれだけの人を傷つけたかわからない。あの人だって、きっと、ものすごく、傷つけた。
一人前どころか、半人前ですらない。
それでも、人間に戻ることはできなかった。
私には、今まで作ってきた魔力を捨てる勇気がない。
人間を傷つけた魔法使いは、この世界にいるべきではない。
「(結局あの人は、私の魔法に気がついた、のかな。そうしてあんな魔法じみたものを送ってきたのかな。)」
本当はただの人間だったあの人を、私は魔法使いだと信じこんだ。そうして魔法でない魔法に自らかかりにいった。そうして今、暴発した自分の魔法とともにやってきたあの人の魔法まがいの言の葉に、傷ついているらしい。
「(いや、それが正解なんだろうな。私が私で、魔法使いであるために、間違ってるだけだ。)」
間違ってるだけで、こんな大怪我をするらしい。痛みだけで、ただただ暗闇に包まれているからそう感じるだけなのかもしれない。暗闇のせいで痛みに対して敏感になっているだけかもしれない。暗闇に包まれ、孤独感と不安に覆われて、心の中さえ痛い。
それでも、自分がかけた魔法が解け始めていることはわかるのだった。それはもはや魔法使いの本能に近い。本当に願って一生懸命かけた魔法であるからこそ、感じるものは強かった。
耳を澄ましても、もうあの人の声は聞こえない。心に残る低音さえ薄れつつある。
かろうじて聞こえるのは、同じ魔法使いの呼ぶ声だった。
見つかる前に、隠れてしまいたかった。だから私は、感じるままに呼ぶ声の反対方向に歩いた。
「あ、」
そうして見つけた。綺麗な花畑だった。
暗闇ではかすかに感じることしかできない。
でも、結界をつくって、その中で明かりをつけるだけの魔力はある。
見えたのは、見覚えのある花だった。
マーガレット、シオン、勿忘草。
ここは幻想郷だろうか。
それから、真ん中に一つだけ蕾をつけてそこにいる、キスツスアルビドュス。
「やっぱり、最後に会うのは君か。」
魔法使いに好かれる気持ちはどんな感じだったんだろう。
この世界では、魔法使いを飼うのはとても難しい。
「行こうかな。」
この花に会って確信した。私はこの世界では生きられない。
魔法使いがあるべき世界に行く方法はただ一つ。自分に魔法をかけることだ。
一つ問題があるとすれば、その世界に行けるだけの魔力が残っているかどうかということ。
「ーーーー!!!」
結界の外で声がする。若い、魔法使いの声だった。
ごめん。
私は生まれた瞬間から、きっと魔法使いだったんだ。
最初からこちらの世界にいるべきではなかった。
だから。
これ以上私が魔法で誰かを傷つけるなら。
あの人を愛せないなら。
あの人の魔法に触れることが許されないなら。
私が消えよう。
結界の中に魔力が充満していく。
マーガレットと、シオンと、キスツスアルビドュスを抱きしめて、自分に魔法をかけ続ける。
抱きしめて欲しい。キスをして欲しい。好きだと言って欲しい。生きてくれと怒って欲しい。行くなと引き止めて欲しい。
願望はいくらでも溢れて、それは涙となって頬を濡らした。
さようなら。お元気で。
人間の手の届かない世界に行くのだ。私は。
だってそうしなければ、魔法使いは生きてはいけないのだから。
魔法使いにキスを