book2
□愛せども恋せず
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「自分が一番大切だからだよ。」
そう言った彼がとても可哀想な子供に見えたのはどうしてだろうか。
『愛せども恋せず』
先ほどまで女らしく泣き喚いていたのは私の方だというのに、彼のその一言はまるで、何も知らない愛された赤子のようだった。
「そう、そうね。」
この時私は、彼にどんな感情を抱いたと言えるのだろうか。
憎悪と嫌悪と失望と、それから愛と哀の混沌は何色かわからない。
ただそれと同時に、私は彼に関する一切の興味を失ったのだった。
ほんとうはやさしいひとなんじゃないかなんてひどくばからしい。
例えば私が病に倒れて彼が見舞ったとしても、それは彼が優しいからではないのだ。彼がただ暇で、それが世間で当たり前のことだから。
「そう、それでね、あの人、私に優しくする義理なんてないだろって、言ったの。」
「でもね、私、それでも彼には幸せになって欲しいのよ。」
「ただその感情は、私が他人に抱く程度のものでしかないけれど。」
「人並み程度、っていうのかしら。」
「だって私、自分以外のすべての人が幸せになればいいと思っているから。」
「そう、だから、特別幸せになって欲しいとは思わないし、そのために何かしたいとも思わないの。」
思い出す彼の瞳は生きている。
殺したいと思うほども恋してはいない。
彼は恋などしたことはない。
赤子に恋などできない。
愛されて育った子の自己愛は、なんで醜いのだろう、なんて。
私が幸せになって欲しいと願う以前に、その子はきっと幸せなのだからいいでしょう。
せめてそんな彼に恋し、愛していた私を不幸にさせて。
どうか私を幸せにさせて。
愛せども恋せず