book2

□花を抱いて眠る(8)
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8.アザミ



「だから、優しくなんてしないでって言ってるじゃないですか…。」

出てきた声はあまりにも小さくて、喉から絞り出たような感覚だった。目の前のあの人は何も言わない。

「どうして触れたの、そんなの、そんなの…。」

頭に、肩に残るかすかな温度は決して消えない。ビデオテープを何度も何度も再生して、その温度が消えないように、それでも擦り切れていくのはわかっている。擦り切れても忘れない。その前に複製して保管して、何度も何度も、私が忘れたいと思っても、いつまでも再生される。

忘れるのは私がいつの間にか、それを落としてしまった時だけだ。それだけでなくほかのものも。すべて。私の頭の中はいくつものビデオテープで埋め尽くされている。

「どうやっても嫌いになんてなれないのに!」

叫び声が記憶を裂くことはない。あの人はまだ何も言わない。抱きしめることもない。

私の前で、アザミが悲痛な叫びを上げながら鮮やかな色で咲いている。

触れて欲しくないに触れられたい。優しくして欲しくないのに優しくされたい。でも確かに、愛しているし愛されたい。

このアザミの棘ですべてのビデオテープを引き裂いてしまえたらどんなにいいんだろう。そうしたらあなたを思い出して苦しいこともないのに。
このアザミの棘で私の足をズタズタに傷つけてしまえたらどんなにいいんだろう。そうしたらあなたを追いかけることもないのに。
そうしたあなたに嫌われることも、きっとないのに。
どうしてこのアザミの棘は、こんなに柔らかいの。

「触れないで」

「嫌よ、嘘、抱きしめて。」

夢の中ならばなんとでも言えるのに。



花を抱いて眠る8


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